そんな性格ですから、選択を迫られたときも、たいがい即決です。迷ったり悩んだりする時間は、もったいない。さっさと決めて、次の行動に移りたいのです。
「歩くのはあきらめて」と促され
筆者が即座に了承した理由とは?
たとえば脳出血で倒れた後には、こんな選択を迫られたこともありました。一命を取り留め、リハビリテーション病院に移ってから3カ月後のことです。
僕の後遺症は、右半身麻痺と失語症。そのため、体の回復を目指す理学療法、日常生活に必要な動作を訓練する作業療法、そして言葉を訓練する言語聴覚療法という3種類のリハビリに取り組んでいました。
とくに一所懸命に取り組んでいたのは、歩行訓練です。APU(編集部注/立命館アジア太平洋大学)の学長職に復帰するのが最大の目的でしたから、ひとりで自立した生活を送れるようにならなければいけません(学長時代、僕は大学の近くに単身赴任していました)。
しかし医療保険の対象となるリハビリ期間は最長で180日。長くても6カ月しかリハビリ病院には入院できません。その半分が過ぎたとき、理学療法士の先生が僕にこう告げました。
「自分の足で、外をひとりで歩くのはあきらめましょう」――。
残酷な言葉だと思われるかもしれませんが、これはきわめて合理的な提案です。リハビリ期間にはかぎりがあるので、時間は有効に使わなければいけません。すべてのリハビリに時間を費やしていると、どれも中途半端に終わるおそれがあります。
このまま歩行訓練を続けても退院までに自力で外を歩けるようにはならないので、その時間を失語症のリハビリに使ったほうがいい――それが先生の判断でした。つまり、「言葉を取り戻すために歩くことをあきらめましょう」という話です。
かなり深刻な選択なので、僕も悩まなかったわけではありません。でも、その時間はたった3秒でした。ひとりで生活するには、歩くことより、着替えや食事などの日常動作ができることのほうが大事です。







