吉田修一と『国宝』の世界写真はイメージです Photo:PIXTA

映画『国宝』で描かれた歌舞伎の世界。女形の立花喜久雄が「からっぽ」という言葉で評される映画のワンシーンや、女人禁制の掟などから、歌舞伎はもう時代にそぐわないとの批判も少なくない。だが、差別の名残りと片づけてしまうとその特異な深みは見えなくなる。『国宝』が、そして原作者の吉田修一が、女形を「からっぽ」と表現した真意とは?※本稿は、批評家の酒井信『吉田修一と『国宝』の世界』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

女人禁制という抑圧が
歌舞伎を唯一無二の芸能にした

 歌舞伎が女人禁制となったのは、江戸幕府によって戦国の世に終止符が打たれ、キリスト教徒への弾圧が進み、鎖国体制が築かれていく途上の1629年とされる。

 今日、日本の「伝統文化」と考えられているものの多くは、江戸期の鎖国体制によって、良くも悪くも日本の文化として洗練され、独自の発展を遂げた歴史がある。女人禁制による歌舞伎の発展は、鎖国によって洗練された日本文化の象徴と言えるだろう。

 ジークムント・フロイトが『文化への不満』で指摘しているように、文化とは、本来自由奔放であるはずの人間の欲望を抑圧する1つの形式であると考えることができる。時々の権力による抑圧が重しとして存在してきたからこそ、文化はその抑圧の形態に沿った固有の発展を遂げてきた。歌舞伎の女形の芸能は、フロイトの意図しないところで、彼の文化論の正しさを証明する格好の事例と言えるだろう。

 歌舞伎は女人禁制ということもあり、男女差別的な芸能であると考えられる傾向がある。