エピソードの出典は『太閤記』
ここでは、小瀬甫庵が書いた『太閤記』に書かれた、秀吉と大沢次郎左衛門のエピソードをご紹介しようと思います。
これを知っておけば、ドラマでの更なるオリジナルアレンジなども、よくわかるのではないでしょうか。
まず『甫庵太閤記』では、この出来事は永禄9年(1566)12月10日とされています。一方、ドラマでは永禄6年(1563)の設定になっており、さらに、『信長公記』では永禄7年(1564)となっています。史料によって年代はまちまちになっていますが、いずれにせよ、斎藤義龍の死後、若き斎藤龍興が家督を継ぎ、織田信長と斎藤氏が激しく対立していた時期には違いありません。
『太閤記』によれば、この日、秀吉が、信長に向かって、「美濃・宇留馬(鵜沼)の城主、大沢次郎左衛門を調略し、味方につけました」、そう報告したとあります。
大沢次郎左衛門は、斎藤龍興に仕えてはいたものの、若年の当主のもとで将来に不安を抱いていました。家臣団の統制に失敗し、次々と離反者を出す龍興の姿は、『太閤記』でも頼りない主として描かれており、そんなところへ秀吉がやってきて、
「信長さまは、降伏した者を決して見捨てぬ。今ここで織田方につけば、命も領地も必ず守られる」
と説得しました。
『絵本太閤記』などでは、この場面で、秀吉は、脅しや高圧的な態度ではなく、「わしも貧しい身分の出。力なき国衆の気持ちはよく分かる。生き残るために主を裏切ることは、けっして恥ではない」と親身になって語り、大沢の共感を引き出します。
武力ではなく、言葉で相手の心を落とす――まさに「人たらし・秀吉」を象徴する場面で、物語としての面白さは抜群です。
第5話では前田利家(演:大東俊介)が登場 (C)NHK







