清洲城へやってきた大澤次郎左衛門に、信長がかけた言葉は……

 調略に応じた大沢次郎左衛門は、城を明け渡し、秀吉とともに清洲城へやってきました。しかし、その夜、秀吉は、密かに信長から呼び出され、「大沢を斬れ」と命じられます。

 理由は単純でした。あまりにも簡単に降伏したうえに、見るからに剛の者である大沢は、将来謀反しかねない。つまり「信用できない」と、考えたわけです。

「疑わしきは斬れ」ではないですが、信長としては、危険な芽は、早いうちに摘んでおくべきだと考えたのでしょう。

 これに秀吉は、必死に反論しました。

「大沢ほどの者だからこそ味方に引き入れたのです。ここで殺せば、今後、織田に降る者はいなくなります」

 それでも信長は聞き入れません。やむなく秀吉は、処刑するふりをして大沢のもとへ向かい、事情を打ち明けたうえで、「わしを人質にして、ここを逃げよ」と言い出したのです。

 これを聞いた大沢は、驚きながらも、秀吉に脇差を突きつけ「近づけば命はない」と叫びながら、家臣たちを牽制。二人は清洲城からの脱出に成功した――と、『甫庵太閤記』には描かれています。

第5話では前田利家(演:大東俊介)が登場。藤吉郎(右)と御前試合で勝負していた (C)NHK前田利家(左)と藤吉郎(右)は御前試合で勝負する (C)NHK

フィクションが描く、秀吉の魅力

 繰り返しますが、このエピソードは、史実ではなくフィクションです。『甫庵太閤記』は、あくまで秀吉を主人公とした物語であり、彼の魅力を最大限に引き出すための演出が、随所に施されています。

 降伏者を見捨てない度量、信長さえ出し抜く胆力、そして武力ではなく交渉で勝つ姿――物語としては、これ以上なく魅力的な秀吉像になっています。

 実際、良い家柄も土地も持たず、体格にも恵まれなかった秀吉が、戦国の世を生き抜くには、こうした方法がもっとも現実的だったでしょう。大沢次郎左衛門のエピソードは、創作ではありますが、秀吉という人物の本質を、フィクションによって見事に描き出した好例と言ってもいいのではないでしょうか。

大沢次郎左衛門はその後どうなる?

 次ページの動画ではこのほか、清州を逃げ出した大沢次郎左衛門のその後についてお話ししています。気になった方は、動画をご覧ください。