このとき、「誰が返信するのか」が決まっていなければ、「自分が返したほうがいいのかな?」とメンバー全員が一度は立ち止まって考えることになります。それを足し合わせると、チーム全体で大量の心理的リソースを浪費していることになるでしょう。
そこで、「代表アドレスに届いたメールはAさんが一次対応する」と決めておけば、他のメンバーは余計な迷いを抱えずに済み、それぞれの仕事に集中できるはずです。このように、役割が明確であることは、それだけでチームの心理的リソースを守る仕組みになるのです。
「ルール」を明確にすることで、いい意味で「思考停止」する
また、「ルール」が明確であれば、メンバーは判断に迷う必要がなくなります。
たとえば、お客様からお問い合わせを受けたときに、どう対応するかというマニュアル(ルール)が整備されていなかったら、毎回、メンバーはゼロベースで対応方法を考える必要があります。
しかし、「まずFAQを確認し、そこに載っていなければリーダーに相談する」「返金対応は金額にかかわらず必ず承認を得る」といったマニュアル(ルール)があれば、メンバーはそれに沿って対応をすればいいだけですから、思い悩む必要がありません。
このように、ルールが明確であれば、それに従えばいいだけですから、よい意味での「思考停止」をすることができ、その分だけ心理的リソースを温存することができるというわけです。
最後に「仕組み」です。
カスタマーサポートの仕事では、顧客からの問い合わせに素早く正確に対応しなければならず、そのたびに「この処理は自分で進めていいのか」「どこまで上司に報告すべきか」と判断が求められます。こうした小さな迷いの積み重ねが心理的リソースを奪っているのです。
そこで必要なのが「仕組み」です。
たとえば、対応ステータスがシステム上で自動更新されていれば、「進捗を共有し忘れていないか」と心配する必要はなくなるでしょう。返金やアカウント変更などの権限が明確に設定されていれば、上司に逐一確認する手間もなくなります。報告も、フォーマットに沿って入力すれば済むようになっていれば、内容や書き方で悩むことも減るでしょう。
こうした仕組みがあることで、メンバーは判断や確認に余計なリソースを割くことなく、顧客の声を理解し、的確なサポートを行うという「本来業務」に集中することができるのです。
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このように、チームに「構造」をつくることは、リーダーの非常に重要な役割です。
適切な「構造」をつくることができれば、それだけでメンバーは無駄な心理的リソースの消耗を防ぐことができます。そして、そのリソースを「価値を生み出す業務」に振り向けることで、チームの生産性を大幅に向上させることができるのです。
ただし、言うまでもありませんが、どんな構造でも「あればいい」わけではありません。いや、「構造」というものは一度つくると、その存在意義がなくなっても維持され続けることで、かえってチームに弊害をもたらすことがあることに注意を払う必要があります。
そのような状況にあることに気づかず、リーダーが「構造を守る」ことをメンバーに強制するようなことがあれば、「構造」のせいで心理的リソースを消耗させることにもなりかねません。ですから、リーダーは、「構造を守る」ことではなく、「チームの心理的リソース配分を最適化する」ことを主目的とすることが大切なのです。
(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)
櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。
【著者からのメッセージ】
はじめまして、櫻本真理です。
最近、さまざまな企業の現場リーダーから、「チームをマネジメントしていくの、ちょっと疲れてきちゃったな……」といった声を聞くことが増えてきました。
人員、予算などのリソースが限られているため、チームの目標を達成するのが難しい状況のなか、なんとかメンバーのモチベーションを高めてもらおうと、あの手この手の働きかけをしています。しかし、そうすることでかえってメンバーとの関係がギクシャクしているような気がするとおっしゃるのです。
しかも、メンバー同士が雑談で盛り上がるようなこともあまりなく、職場にはなんとなく白けたような空気が漂います。お互いに積極的に協力し合ったり、情報を交換し合ったりといった機運もあまり見られない。まさに、チーム全体がどんよりと疲れているように感じられるというのです。
そんなとき、リーダーが目を向けるべきものが、本書のテーマである「心理的リソース」です。
心理的リソースとは聞き慣れない言葉かもしれませんが、私たちはいつも、この心理的リソースを費やしながら仕事をしています。
職場での日常を思い返してください。資料作成、経費精算、会議・プレゼンの準備、データ入力、メール対応、上司・部下との1on1、クライアントとの折衝、他部署との調整、企画立案、突発的なトラブル対応……。
私たちは日々、こうしたタスクに追われていますが、その一つひとつをこなすたびに、心がすり減っているのを感じているはずです。そのときにすり減らしているのが、「心のエネルギー」とでもいうべき活力の源です。
このエネルギーを、マネジメントの視点で見ると、チームとして成果を上げるための貴重な「経営資源」ということになります。そこで、このエネルギーのことを、「心理的リソース」と名付けたというわけです。
そして、チームが停滞気味で、なんとなく疲弊していると感じるならば、メンバーたちがなんらかの理由によって心理的リソースを浪費し、それが枯渇しかかっている可能性を疑ってみるべきなのです。
たとえば、依頼した書類作成に時間がかかりすぎているメンバーがいたとします。このメンバーは、何もしていないように見えたとしても「この判断で合っているだろうか?」「この表現は間違ってるかな?」などと頭のなかで思考がループすることで心理的リソースを消費しているのかもしれません。
もしそうだとすれば、そのメンバーに対して、「まだですか? 早くまとめてください」などと伝えても、メンバーは焦りの感情を覚えることによって、さらに心理的リソースを消耗してしまう結果を招くだけでしょう。
それよりも、書類作成の業務を依頼するときのミーティングに少しの時間を費やし、そのメンバーの疑問点を解消してから取り掛かってもらうようにすれば、心理的リソースの浪費を防ぎ、その節約した心理的リソースを、書類を見やすくする工夫や、内容の整理に使ってもらえたはずです。
あるいは、リーダー自身の無意識的な言動が、メンバーの心理的リソースを奪ってしまっている可能性もあります。
たとえば、リーダーが、仕事のストレスから知らず知らずのうちに不機嫌な表情になっていたとします。本人からすれば、自分の表情が誰かに影響を与えているとは考えてもいないかもしれません。しかし、不機嫌そうなリーダーに話しかけるのは、誰にとっても嫌なものです。
先ほどのメンバーも、書類作成の途中で何度もリーダーに疑問点を確認しようとしたけれど、不機嫌そうなリーダーの様子を見て、相談するのを躊躇していたのかもしれません。
つまり、本来であれば、「価値を生み出す仕事」に使われていたはずの心理的リソースが、不機嫌なリーダーのご機嫌をうかがうという「価値を生み出さない」ことのために使われていたということです。これでは、チームの成果が上がるはずがありません。
これらはほんの一例ですが、チーム内の心理的リソースの状況を把握したうえで、それの浪費を防ぎ、それを上手に活用する能力を身につけることが、これからのリーダーには求められます。
本書では、そのために必須の知識やノウハウをふんだんに盛り込みました。本書を読むことで、心理的リソースという新しいレンズを手に入れ、チームやメンバーを見つめていただきたいと願っています。
その視点でチームを見つめると、これまでチームの「貴重な資源」を何に使っていたのかがはっきり見えてきます。すると、なぜこれまでうまくいかなかったのかも理解できるようになるでしょう。そして、適切な手立てを講じることで、メンバーの心理的リソースを増やしていくことができれば、見違えるように活気に溢れ、成果を生み出すチームを作り出すことができるようになるのです。