1人の人生は、なだらかな坂道を転がり落ちていくようなものだと仮定する。坂道の表面は、場所によって滑らかだったり、デコボコしていたりする。
自分自身を「トイレットペーパー(以下、トイペ)」と見立て、誕生から死に向かって、坂道を転がっていく。下に転がる速度は加齢とみなし、坂を逆戻りはできない。
真っすぐ転がっていくだけではなく、自分の意思で横方向にも移動でき、ジグザグに進むこともできる。このジグザグの幅が「自由度」を表し、遊びや学び、様々な経験ができるとする。
ここに結婚相手という存在が現れ、互いの断面が連結することで、転がり方が変わる。自分1人のままであれば、滑らかな道では、横に大きく動ける自由さがある反面、デコボコ道では、自力で乗り越えるのに苦労し、長生きできない。
結婚すると自由が制限されるが
協力して困難を乗り越えられる
一方、夫婦が合体したトイペは、横への自由度は多少制限されるものの、荒れたデコボコ道も、協力して容易に乗り越えていくことができる。
さらに途中、子供が生まれた場合、子育てに時間をとられるため、トイペの横移動は制限される。逆に加齢と共に転がるのに苦労するようになったら、子供が後ろから押して助けてくれる。
こんなイメージである。
図1 「結婚のトイレットペーパー(トイペモデル)」を斜め前から見た図。連結した自分と相手が坂道という名の人生を転がっていく 同書より転載拡大画像表示
この「トイペモデル」は、「独り身の自由さ」と「夫婦の協力」に着目した、個人的なイメージを表現しただけで、驚くほど根拠がない。人それぞれ結婚のイメージは違っているだろうし、そもそもの設定を不愉快なほど間違えている可能性もあり、いくらでも改変できる代物だ。
「人生経験によってトイペの質は変わらないのか」
「姑問題はどう影響するのか」
といった、ややこしい話は見なかったことにして、シンプルな形にしているし、結婚することで相手がどう変化するのかはひとまず置いてある。
また、トイペの断面に連結する存在は異性に限らない。同性だっていいし、結婚しなければ兄弟姉妹が連結することもあるだろう。
中島みゆきさんの布モデルにケンカを売っているわけではない点だけは、ご留意願いたい。







