「オマエはさっきから何を言っているのだ?」

 という総ツッコミは覚悟の上で、皆さまの心配を振り切ってこのまま力強く話を進めていきたい。

「運命の人」は
本当に存在するのか

 次に、トイペの連結、すなわち結婚相手を選ぶ/結婚相手に選ばれるにあたり、「直接的な好み」と「間接的な好み」がどのようにドッキングしているのかについて、考えていこう。

 結婚相手のことを「運命の人」、その結びつきを「運命の赤い糸」と表現することがある。「運命」という言葉からは、最初から出会うことが定められた、たった1人の人に巡り合うという印象を受けるが、この点に私は疑問を感じている。

 たまたま出会った相手を、無理やり「運命」に仕立て上げ、美談にしているのではないか?と。

 運命という言葉の響きは神秘的で、「人の意思や想いを超え、人に幸・不幸を与える力」「奇跡のような巡り合わせ」のことを指すと思う。

 もし結婚が運命だとするならば、あちこちで奇跡が起きまくっていることになる。あまりにも不自然だ。

 結婚相手を「選ぶ」にあたり、もし、適齢期の異性全てとマッチングを試みた上で、「たった1人の最良の相手」を選び出せたのならば、それはまさに「運命の人」だと思う。しかし、そんなことは現実的に不可能だ。実際には、せいぜい数人、多くても数十人との出会いを経て、結婚を決めるケースがほとんどだろう。

 そう考えると、「たった1人の運命の人」という表現は都合が良く、大げさではなかろうか。

 世の中は広く、他にもっと相性の良い人がいる可能性は高い。そもそも交通が未発達だった昔は、出会いの範囲が格段に狭く、選択の余地はさらに少なかったはずだ。こうした違和感から、私は、人の好みはいかようにも変わり、誰の歯車にでも噛み合える柔軟性を持っているのではないかと睨んでいる。

愛情の力で凹凸が変わるのなら
誰とでもマッチングできるはず

 婚活中、「自分の凹凸にぴったり合う形の人を見つける」のは至難の業だが、実際には「お互いの凹凸の形を変え合い、噛み合わせようと努力できる人」を見つけようとしていると考えたほうが、世の中の高い成婚率を説明できるのではなかろうか。