プロ野球・日本ハム時代の大谷翔平選手 Photo:SANKEI
前代未聞の二刀流選手としてメジャーの舞台で大活躍を続ける大谷翔平。しかしドラフト直前まで、大谷は「ピッチャーとしてメジャーに挑戦する」と公言していた。そんな大谷の人生を大きく動かしたのは、ある人物からの何気ない一言だった。二刀流決断の裏側を、大谷の発言からたどる。※本稿は、作家の西沢泰生『大谷翔平はなぜ、壁を越えられるのか?仕事にも人生にも効く大谷イズム・クエスチョン57』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
大谷翔平の二刀流を
生み出した意外な立役者
大谷翔平と言えば、その代名詞は「二刀流」です。しかし、実は大谷自身は当初、「プロ野球での二刀流」は考えていませんでした。一般的には、日本ハムが二刀流を提案したことが知られていますが……。さて、ここでクエスチョン!
Q 大谷に、日本ハムより前に「プロ野球での二刀流」のアイデアを伝えたのは次のうち誰でしょう?
(1)野球をよく知らない母親
(2)野球をやっていた7つ年上のお兄さん
(3)リトルリーグ時代の監督でもあった父親
(1)野球をよく知らない母親
(2)野球をやっていた7つ年上のお兄さん
(3)リトルリーグ時代の監督でもあった父親
答え (1)野球をよく知らない母親
それは、故障などもあって、ピッチャーとしては不完全燃焼な高校時代(甲子園に2回出場するも、ともに1回戦で敗退)を終えた大谷が、将来について親子で話をしていたときのこと。
野球については素人の母、加代子さんが、ピッチャーとバッター、どちらでプロ野球選手としてやっていくか迷っている息子にこんなことを言ったのです。
「ピッチャーとバッターって、どっちもできないのかね?」
どっちもやりたいなら、両方やってしまうことはできないの?という、素朴な疑問です。







