ドジャースの大谷翔平Photo:Carmen Mandato/gettyimages

日本が誇る稀代のメジャーリーガー・大谷翔平は、今年も打撃においてキャリアハイの数字を記録。彼のホームラン人生は、小学校3年生の秋に打った「幻の1本」から始まった。「ボールは1個750円もする、川に飛び込むライト打ちは禁止」など、少年時代からプロ入り1年目までのケタ外れのエピソードの数々が明かされる。本稿は、石田雄太『野球翔年2 MLB編2018-2024 大谷翔平 ロングインタビュー』(文藝春秋)の一部を抜粋・編集したものです。

「幻の1本」から始まった
大谷翔平のホームラン人生

 2023年、日本人としてメジャーで初めてホームラン王のタイトルを獲得した大谷翔平のホームラン人生は“幻の1本”から始まっている。

 小学生の頃、岩手県の水沢リトルリーグでプレーしていた大谷は、早くから頭角を現していた。彼が小学3年生の秋のことだ。リトルリーグは主に5年生、6年生が出場するメジャーと、3年生、4年生が出場するマイナーの2つのクラスに分かれている。そのマイナーの試合に出ていた大谷は、盛岡で行われた県大会で、65m先のフェンスを越えるホームランを放った。しかも、その一発は試合を決める逆転サヨナラホームランだった。チームの誰もが狂喜乱舞、普段は感情をあまり表に出さない大谷も珍しく大喜びでベースを一周、ホームインした。ところがその瞬間、主審が思いもしないコールをした。

「アウト!」

 何のことやら、誰もわからない。なぜアウトなのかと理由を求めると、審判はこう説明したのだという。

「打席から、足が出ていた」

 確かにバッターが片足または両足を完全にバッターボックスの外に置いて打った場合、アウトとするルールはある。これを厳密に適用することは審判としての職務でもある。しかし、この場面で子どもに対してアウトを宣告することが本当に審判のあるべき態度だったのか。