「いつも、考えすぎて損してばかり!!」
日本人は礼儀正しくて、とても優秀……なのに、日々必要以上に思い悩んでいないだろうか?
「“究極の合理思考”を身につければ、もっと楽しくラクになる」――。数十億規模の案件に関わり、インド人部下オペレーションを経験したインド麦茶氏は、「常に自分中心」「短期志向」「無計画で今を生きている」ように見える彼らに「日本人が幸せを謳歌するための“ヒント”」を見出したという。
新刊『インド人は悩まない』では、人口14億・上位1%が富の40%以上を所有する超競争・過密・格差社会を生き抜く人々の「規格外の行動力」と「抜け目なさ」の秘密を紹介している。今回はその魅力の中から一部をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)
Photo: Adobe Stock
インド人が子どもに教える1つの能力
2月から春先にかけて、中学校、高校、大学受験の結果に一喜一憂する学生の姿がメディアで報道される。その競争を勝ち抜くため、親は、我が子に、算数や英語、なかにはプログラミングなどを学ばせたり、部活や習い事など課外活動を積ませたり、我が子の能力を一生懸命開発しようと躍起になっている。
しかし、そんな個別のスキルよりも大事な能力がある。それは一言で言えば「生存能力」だ。よい学校に通わせ、塾に高い金を払い、英語を身に着け、人と違った習い事をさせて様々な「スキル」を身に着けても、「生存能力」がなければ幸せにはなれない。
「生存能力」が引き続き最重要
「生存能力」とは、自分の主張を通したり、嘘や収奪から自分の身を守ったり、他人を上手く使って自分のやりたいことを実現させたりする能力であり、競争社会で生き抜く力と言い換えることができる。生存能力がないと、簡単な詐欺に騙されたり、会社に都合よく使われたり、頑張っているはずなのに成果が出ずに、思い悩んだすえに鬱病になって社会から蹴落とされてしまう。
知識そのものは、AIの時代にその価値の重要さが小さくなっていく。私が住むインドの人々がアクセスできる情報と日本の人々がアクセスできる情報には、おそらくほとんど差はなくなってきている。そんな時代だからこそ、リベラルアーツや数学など、応用が効く知識や能力にも注目が集まっているが、それすらも一般化が進んでいく。その中で引き続き圧倒的に重要になってくるのが、「生存能力」なのだ。
「弱いと貧しくなる」インド社会
生存能力をどのように鍛えていけばいいのか、そのメソッドは誰も教えてくれない。日本の塾や学校も教えてくれないし、ましてや親でさえも教えることができない。なぜならば、日本人は、競争によって死に追いやられるような本当の生存競争を経験していないからだ。せめて教えられるのは、時間を守るとか、約束を守るとか、お行儀がよい社会のマナー程度だ。
日本人にとっては遠い異国かもしれないが、インドには、「弱くても許される自由」がない。リアルな生存競争が存在していて、その競争に負けた(もしくは生まれながらに負けている)人々がどのような生活を送っているのか、街を少し車で走るだけで分かる。
道路の中央分離帯で冬の寒空の下で焚火をしている路上生活者の母と乳幼児を見ながら、インド民たちは、自分も一歩間違えればそのような状態になることを感じて、自分の幸せをひたすらに追求する生存競争を生きている。負けを認めることや騙されることは、すなわち貧困や死につながる世界に生きる彼らの「生存能力」は、恐ろしく力強い。
「日本で生きるヒント」はインドの思考法にある
この地で磨かれたインド民の思考法は、本場の生存能力を私たちに教えてくれる。この思考法は、日本人にとって一種の裏技のようなものだ。これらを知らずに大人になると、“どれだけ真面目に頑張っても”、思い悩み、幸せから遠い人生を歩むことになる。
拙著『インド人は悩まない』を読めば、インド民から学べる究極の合理思考を知ることができる。それは、あなた自身を幸せにするかもしれないし、あなたの子どもにとっての救いになるかもしれない。
相手の嘘や言い訳をねじ伏せ、姑息な収奪から身を守り、自分の持てるリソースはなんでも使って、ひたすらに自分の幸せを得るためにはどのようにすればいいのか。それが、彼らの生存能力であり、それは、究極の合理思考によって支えられている。
(本記事は『インド人は悩まない』に関する特別な書き下ろし原稿です)









