囚人と看守写真はイメージです Photo:PIXTA

1980年12月8日、ジョン・レノンはマーク・デイヴィッド・チャップマンに射殺された。売名目的の犯行、ジョンの偽善性への反発など、事件をめぐってはさまざまな説が語られてきたが、犯人が何を考え、なぜ犯行に及んだのかは、いまなお完全に明らかになっていない。筆者は1983年からチャップマンと根気強く接触を続けてきた。長年のやり取りの末に、彼とその妻は何を語ったのか?※本稿は、ノンフィクション作家の青木冨貴子『ジョン・レノン 運命をたどる ヒーローはなぜ撃たれたのか』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

妻に支えられ生きていた
ジョン・レノン射殺犯

 車はウエンデ・ロードに入り、小高い丘の上に着くと、そこから右側に刑務所の建物が見えてきた。全体は見渡せないが、かなり大きな平たい建物が冬枯れした荒野にぽつんと隔離されて建っている。

 この敷地内にはトレーラーハウスのような小さな施設があって、そこで囚人と家族が一緒に過ごせる「ファミリー・ヴィジット・プログラム」があると聞いて驚いたことがあった。グローリア・アベとマーク・デイヴィッド・チャップマン(ジョン・レノンを射殺した犯人。グローリアはその妻)も一緒に過ごしたという記事もあった。

 それは本当か訊いてみると、

「そうなのです。狭いキャビンのようなところですが、小さなキッチンがついていて、ベッドもトイレもテレビもある。44時間2人だけで過ごせるのです。ホームメードのピザを焼いて、ピーマンやトマトをのせて、テレビを見ながら食べたりできるんです」

 イギリスのタブロイド判新聞が「ジョン・レノン殺害者の妻がセックスとピザで夫を訪問」とセンセーショナルに書き立てたこともあった。