咄嗟にどういうことかよくわからなかった。キリスト教団体から頼まれたというのだが、そこから神の教えや伝道について話し始め、滔々と語り、止まらない。わたしは話題を変えてインタビューについて切り出した。

「お願いしたいインタビューというのは、たんなる質問に対する答えのようなものではないのです」

 ニューヨーク州は、囚人への取材を許可する全米でも6州しかないリベラルな州の1つだという。インタビューには州政府に正式な申請書を提出しなければならない。かなり面倒な手続が必要だが、1回、申請書が受理されれば、ビデオカメラも撮影機材も録音機もスタッフも、必要なものが持ち込めて一室が用意されるという。

核心を語らなかった男から
願ってもいない申し出が

 わたしはインタビューの趣旨についてさらに続けた。

「1950年代に始まって、60年代、70年代のアメリカ文化、つまりロック・カルチャーとかドラッグの蔓延、ベトナム戦争反対運動など時系列的にジョン・レノンを追うなかで、その裏にあなたの人生を振り返ってみるとようやく見えてくるものがあるはずです。ビートルズやジョン・レノンへのあなたの思い入れなども不可欠だし、その頃、深いところで何を考え、何を感じて、なぜ犯行に及んだか、後悔はないか、そんなインタビューをしたいのです」

 これに対しチャップマンは、カリフォルニアにあるキリスト教団体がドキュメンタリーをつくろうとしている、と話し始めた。

「ぼくだけでなく、罪を犯してしまった人たちを何人かインタビューするというもので、『罪と罰』みたいに、いかに罪を犯して罰せられるかというものです。それを約束してしまったので、その前にやるわけにはいかない。それが終わってからでも良いでしょうか」と聞いてきた。

「もちろん、待つことはできるけれど、いつ終わるのでしょうか」と問い返すと、

「まだ自分の用意ができていない……神と話す必要がある」

 以前と同じような思わせぶりの態度を取ろうとしたが、続いて思わぬ提案をしてきた。

「ただ、ここまで来てもらって、全く、無駄足を踏ませる気はない。グローリアと相談したのだけれど、彼女をインタビューするのはどうだろうか」

 思わぬ成り行きに驚きながら、わたしは即答した。

「願ってもないことです」