森はやり切れない時に気を鎮めるために書いているが、感情をぶつけることでは気は鎮まらないだろう。感情のまま書き殴るだけでは、自分の本当の思いを書くことはできない。
書いているうちに、また後になって、なぜ、こんなに感情的になったのかを振り返ることができた時、自分の本当の思いを書くことができ、気も鎮まるのである。
自分の感情を客観的に見るためには、感情の目的を知らなければならない。それを知ることで、感情的になってしまった場面で、自分は本当は何をしたかったのか、どうすれば感情に依らずにそれを達成できたかを考えることができる。
思いついたことを
忘れないためにメモをする
過去の自分が書いたことを後になって自分自身が読むことには意味がある。
少し前に書いた日記でも読み返すと、こんなことを考えていたのかと驚くことがある。書いている時に自分が何を考えているかそれほどはっきりわかっているわけでもないので、後に読み返すと、その時考えたことをたどることができる。
書かないと忘れてしまう。大事なことであれば忘れることはないという人がいるが、そんなことはない。どれほどいい考えが思い浮かんでも、書き留めなければ必ず忘れる。
加齢による記憶力の減退とは関係ない。だから、私は思いついたことはノートにすぐメモをしたり、録音したりしている。今はスマートフォンやパソコンのアプリに記録できる。スマートフォンに向かって話せば、すぐに文字にすることもできる。
キム・ヨンハの『殺人者の記憶法』の「俺」は認知症が進行する。紐で首から下げた語学用の録音機にどんなことも話す。「お湯を沸かしてコーヒーを飲む」といってから、お湯を沸かす。数分前の「俺」が「俺」に命令する。「俺という人間は、こうして果てしなく分離する」。
晩年認知症を患っていた私の父は今し方のことを忘れるようになったので、自分が録音した自分の声を聞いて、何をしようとしていたかを思い出さなければならないことはありえない話ではない。







