怒る母親と子どもの後頭部写真はイメージです Photo:PIXTA

子どもが勉強をしないと、親は不安にかられて「勉強しなさい」と言ってしまう。しかし、その言葉で子どもの行動は変わらない。「何か手助けできることはない?」と、勉強を親子共通の課題にすることで、子どもは初めて自立の道を歩み出すのだ。心理学者のアルフレッド・アドラーが説いた、自立を助ける子育て論とは?※本稿は、哲学者の岸見一郎『自省のすすめ ひとりで考えるレッスン』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。

子どもに勉強を強いるのは
親の「課題」を超えている

 あることの最終的な責任が誰に降りかかるかを考えた時に、それが誰の課題かがわかる。

 例えば、勉強する、しないかの最終的な責任は子どもが負うことになるので、子どもの課題である。親は子どもがあまり勉強しないと心配になるが、親の課題はあくまで心配になることまでである。

 親の課題を解決させるために(つまり、親が安心できるように)子どもを勉強させようとしても、うまくいかない。

 子どもが学校に行かなくなったという時、親が子どもを学校に行かせるためにどうしたらいいかとカウンセラーに相談をすることがある。

 しかし、学校に行くか行かないかは子どもの課題であり、子どもが決めることである。親やカウンセラーは決められない。そのため、どうすれば子どもを学校に行かせることができるかという相談は本来成り立たない。

 それでも、カウンセリングにまったく意味がないわけではない。子どもが決めなければならないことであっても、親が自分の意見をいうことで子どもの力になることはできる。

 子どもの課題だからといって、親が何もしないでいいはずはない。しかし、関係がよくなければ、子どもは親の言葉に耳を傾けようとはしないだろう。