2人の賢人が「あえて雑に生きる」ことの大切さを説く写真はイメージです Photo:PIXTA

進学や就職そして結婚など、人生の重要な選択は熟考して決めるのが当たり前だ。しかし養老孟司と内田樹の2人の賢人は、「あえて雑に生きる」ことの大切さを説く。相手のことを知らないまま結婚を決め、思いつきで高校をやめた経験から見えてきた、人生を軽やかに生き抜くヒントとは?※本稿は、東京大学名誉教授の養老孟司、神戸女学院大学名誉教授の内田 樹『日本人が立ち返る場所』KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。

雑に生きるほうが
人生はうまくいく

内田樹(以下、内田):親友の平川克美君(編集部注/内田氏とは11歳からの友人で、1977年にはともに翻訳会社を設立した)と僕はお互いのことをよく知らないのに、60年以上親友なんだよ、すごいでしょうと自慢していたら、その場におられた釈徹宗(編集部注/宗教学者)先生が「それは2人とも人間が雑だからです」と断定してくれました(笑)。

養老孟司(以下、養老):その通り(笑)。

内田:なるほどと思いましたね。さすが釈先生です。そのときに「人間が雑」というのは、けっこういいことだなと思いました。釈先生が「雑な人間」というアイディアを思いついたのは落語の「文七元結」という人情噺について考えた時だそうです。

 長兵衛さんという人が、博打が大好きで、借金がかさんで、しかたなく娘を吉原に50両で売ってしまう。その帰り道に言問橋にさしかかると若い男が身投げしようとしている。止めようとすると、その男は店の金50両をなくしてしまった。店にはもう帰れないので、ここで死にますと言う。長兵衛さんは「じゃあ、これを持っていけ」と娘を売った50両を男に渡してしまう。