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SNS上で今日も繰り広げられている論争。そこでよく目にするのが、最初は真っ当な主張をしていた人が、だんだんとおかしな言説を繰り返すようになっていく現象だ。実は、一度でも論破の成功体験を味わうと、負のループから逃れられなくなるという。養老孟司と内田樹が、言葉が持つ強い力と論破の危うさについて語り合う。※本稿は、東京大学名誉教授の養老孟司、神戸女学院大学名誉教授の内田 樹『日本人が立ち返る場所』KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。
言葉の持つ呪力に
支配された現代人
内田樹(以下、内田):僕の見る限り、小学校6年生までの子どもは昔とあまり変わらないです。素直で、元気で。でも、中学高校の6年間で萎れてしまう。中等教育の6年間が、日本の教育の一番の弱点のような気がします。
養老孟司(以下、養老):それは、いろんな面から指摘されていますね。小学生は口が達者で困りますけど(笑)。とてもかなわないですもん。
内田:言葉ってある種の呪力があるんですよね。「すみません、そこの窓開けてもらえますか?」と言うと、誰かが窓を開けてくれる。これ、よく考えたらすごいことなんです。わずか一言で他人を動かして複雑なタスクが1つ達成されるんですから。都会の子どもたちはこの「言葉の魔力」にいささか頼りすぎなんだと思います。
田舎だと、「そこの雑草を抜いて」と言っても、誰も自分の代わりに抜いてくれる人がいない。自分の身体を動かすしかない。身体を使うしかないという場面に身を置けば、言葉が持つ全能感に対して抑制がかかるんじゃないでしょうか。







