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「意味がわからない」「時代遅れだ」――学校に残る数々の「謎ルール」に、違和感や反発を覚える学生は少なくないだろう。なぜ守らなければならないのか、合理的な説明を求めたくなるのも当然だ。しかし養老孟司と内田樹は、そうした問いそのものに警鐘を鳴らす。映画『ゴッドファーザー』に描かれた父と子、2人のボスの対照的な姿を手がかりに、養老と内田が語るのは、「言葉」や「納得」よりも先に人を動かすものの正体だ。ルールはなぜ存在し、なぜ機能しなくなるのか。学校の校則問題にも通じる、人間と規範の根源的な関係に迫る。※本稿は、東京大学名誉教授の養老孟司、神戸女学院大学名誉教授の内田 樹『日本人が立ち返る場所』KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。
マフィアの掟に忠実に従う
ゴッドファーザーのヴィトー
内田樹(以下、内田):この間、フランシス・コッポラ監督の映画『ゴッドファーザー』について書いたことがありました。ヴィトー・コルレオーネとマイケル・コルレオーネの父子が2代にわたってファミリーを率いるのですけれど、それぞれがまったく異なった運命をたどるんです。
マイケルの父ヴィトー・コルレオーネは9歳の時にシチリアからニューヨークにやってきて、それからリトル・イタリーで細々と暮らしているのだけれども、「シチリアの男の掟」を深く内面化している。「男はファミリーが殺されたら必ず復讐しなければならない」という掟もその1つです。ヴィトーはニューヨークで一家をなし、オリーブオイルの輸入ビジネスでも成功しますが、その後、故郷のシチリアに行って、かつて自分の父と兄を殺したマフィアのボス、ドン・チッチオを刺殺する。
ヴィトーはもうニューヨークでそこそこの成功をしていて、家族もいる。わざわざ死にかけの老人であるドン・チッチオを殺しに行かなくても、ちょっと待っていたらいずれ死ぬんです。







