養老:子どもたちも、それと同じことをして自殺しているんだよ、きっと。考えるからですよ。考えたらわかる、知ったら解けるみたいな。要するに知恵の悲しみです。ロシアの民話「イワンのばか」でいいんだ。
内田:そうですね。でも、僕はなんでこんな雑な人間なんでしょうね。結構考える人なんだけどな(笑)。
養老:その「考える」とちょっと違うんじゃないですか。僕は「適当」と言ってますけどね。
受験モードの同級生が嫌で
高校を雑に中退してみた
内田:適当ね。たぶん僕の「雑の原点」は高校をやめた時なんだと思います。高校2年の時に学校をやめるんですけど、本人もよく意味がわかってないんです。急にやめたくなったから。
僕が通っていた日比谷高校って、なかなか愉快な学校で、1年生の時はみんなで遊び散らして、愉快にやっていたんです。雑誌作ったり、バンドをやってたり、麻雀をやったりして、高校生活ってなんて楽しいんだろうと思っていた。
でも、高校2年の秋になると、友だち全員が受験モードにシフトした。きれいに足並み揃えて。僕はたった1人取り残された気がしたんです。こっちはまだ夏休みのつもりで、半ズボンにゴム草履履いて麦わら帽子をかぶっていたら、「内田、もう夏休みは終わったんだよ。これからは大人の時間だぜ」って宣告されたような気分でした。別に誰から意地悪されたわけじゃないし、置いてけぼりになったわけでもない。ただ、「もうちょっと夏休み続けない?」って1人で言っていただけです。
日比谷高校生はスマートなんですよ。シティボーイだから。切り替えが見事。高校2年の秋風が吹いたら、全員が受験モードに切り替わっていった。その時に彼らと歩調を合わせていると、自分の中の何かたいせつなものが損なわれるような気がした。ここにこのままいたら、自分の中の何かが傷つくような気がして、ふらっと学校をやめちゃったんです。
学校をやめて、家を出て働いていたんですけど、安給料ですから、今度はお腹が減ってしょうがない。17歳の食べ盛りですからとにかく腹が減る。バイト代もらっても家賃を払うと、後は1日食費が300円くらいしか出せない。服も買わず、風呂にも行かず節約したけれど、お金がなくなって給料日前2日間水だけ飲んで過ごしたこともありました。17歳の育ちざかりにこれはきついです。
高校をやめてみたら
いつもの景色が違って見えた
『日本人が立ち返る場所』(養老孟司、内田 樹、KADOKAWA)
内田:結局、「すみませんでした。お腹が減ったので家に帰ってきました」と親に謝って家に入れてもらった。そしたら、家でごろごろテレビ見て、本読んでいても三食頂ける。ああ、こんな楽はないと思った。そして、これから大検を受けてちゃんと大学に行きますということになりました。
それにしても、やることが雑ですよね(笑)。やめるならやめるで、意地でも一貫すればいいのに。でも、これが面白いもので、高校を退学して働いた後に、家に戻ってみたら、受験勉強が「なんだ、こんなに楽なのか」と思えたんです。あのすきっ腹の中卒労働者に比べたら受験生って天国だよな、と。三食付いて、夜食まで出て、お小遣いもらえるんですからね。
そのあたりが僕の「雑な生き方」の原点でしょうね。なんだか知らないけど、直感的に嫌なことは止める。受験勉強すると何かたいせつなものが損なわれそうな気がしたので高校はやめる。中卒労働者として働いたら、お腹が減り過ぎたので家へ帰る。嫌でたまらなかった受験勉強を平気な顔で再開する。その辺が、17歳の内田君の「雑の原点」じゃないですかね。







