「つまり何が言いたいのか」まとめたがる

「それってこういうこと?」「つまり何が言いたいの?」と総括しようとする。
 それによって、話し手は考えがまとまっていないことを話しづらくなり、意味や結論がないと話せなくなってしまう。
 結論が出ないことや意味がないことを話す楽しさが失われてしまう。

「つまりあなたはこう思っているんだよね?」と把握したがるのは、相手のためではなく自分がスッキリしたいからだ。
 雑談において、まとまらないモヤモヤを一緒に眺めることはとても大事だが、ゆっくり時間をかけることができないと、パッと形が見えずにイライラしてしまうのだろう。

 雑談をしにきてくれた人の中には「学生の頃から、とめどない話をしていると『結論は?』とか『オチは?』と言われた経験があって、話せなくなった」という人も多い。

 わたしが雑談をしながら話を聞くときは、まとまっていないものをそのまま眺めることにしているので、話してくれた人に「まとまってなくてすみません」と言われると、「まとまっててたまるかよ」と思うのだけど。

どちらが正しいか決めようとする

 ただ話す、ただ聞く、を交換するのであれば、互いに出したものがちがっても怖くはないのだが、「どっちが合っているか」を決めようとする人がいる。

 正しさを求めるために会話をするわけではないし、話し手も「間違っているかもしれない」と恐れる必要はないのに。

 相手と意見や考えが違うとき、「わたしはこう思う」「あなたはそう思うんですね」で済まないのはなぜだろうか。人と違うことはよくないことだとされてきたからか。

 小学校で「どっちが悪いか」「どっちが正しいか」でよく口論したり喧嘩になったりしていたが、大人になってもそれを続けている人がたくさんいて驚く。

 意見や見解が違っても互いを尊重し合うことはそんなに難しいのだろうか。
 何にでもひとつの正解があると思っているなら、そんなわけがないと言いたい。
 100人いたら100人それぞれに違うのが前提だというところから知る必要がある。

 同様に、自分にとって都合が悪いことに耳をふさいでしまう人がいる。
「聞いていない」というより、もはや「聞きたくない」とばかりに意図的に閉じてしまう。

 嫌な言葉や攻撃は受け取らないというポーズをわざと取る必要もあるが、単に自分に都合の悪いことを受け取らない人に「ちゃんと聞いてくれた」と感じることはない。

間や沈黙を怖がって埋めようとする

 雑談が苦手だという人の中には、沈黙が怖いという人が多い。
 話す側が怖がることが多いだろうが、聞く側もシーンとした空気にならないようにとにかく間を埋めようとする。

 相槌を必要以上に打つこともある。以前、ファーストフード店で隣の席の二人組の雑談が聞こえてきたとき、ひとりの人が相槌を高速で「うんうんうんうんうん……」と1回ですむ「うん」を少なくとも8回は連発していて、気になって仕方がなかった。
 本人にとってはサービスなのだろうが、過剰すぎると話しにくいだろうなと思った。

聞きながら自分の考えがはじまっている

 相手の話を聞いてはいるが、次に何を話そうかと自分の考えがはじまってしまうと集中力は半減する。
 半減どころかもっと減るかもしれない。
 相手が話し終わったらテンポよく返したい気持ちはわかるが、それよりちゃんと聞いてほしいと思う。

 この、話を聞きながら自分の考えがはじまってしまうことが、今まで書いてきたような「ちゃんと聞けていない」行動にその先でつながっている。

 ちゃんと聞かずに考えを進めてしまうから、聞かれていないのにアドバイスをしてしまうとか、キーワードをつなぐ話題泥棒になってしまうとか、相手の反応を気にしてリアクションの正解を探してしまう。

 他のことを考えているから、聞く意識が分散するのだ。

 たとえば、話を聞きながらスマホの画面を見ている場合、意識が話を聞くこととスマホの画面に分散されているのは明確だ。
 こういうときに話し手が不安になり「聞いてる?」と尋ねると、「大丈夫、聞いてるよ」と返ってくる。
 半分の意識で聞いているのを「ちゃんと聞いてくれた」とは感じられず、どうにも虚しさや寂しさが残ってしまう。

相手に関心を持つ

 どうだろうか。思い当たる節はないだろうか。

「聞いてもらえた気がしないな」と感じるときに起きていることをざっと書き出してみたが、わざと聞かないようにしているわけではなく、よかれと思ってしていることが多い。

「ちゃんと聞いてもらえていない」と感じるとき、不足しているものはなんだろうか。

「ちゃんと聞く」をするためには、どうすればいいのだろうか。

「聞いてもらえていない」と感じるとき、聞き手は集中して聞いていない。
 よかれと思ってだとしても、他のことを考えたり気にしたりしている。
 だから、話し手は「自分への関心がない」と感じるのではないか。

 モヤモヤが残る会話に不足しているのが「関心」なのだとすれば、「ちゃんと聞く」ためには「相手に関心を持つ」ができればいい。

 聞き手が話している人にちゃんと興味を向け、関心を持ち続ければ、出た言葉をよく見ようとするし、言葉が出ないときも表情から何かを受け取ることができる。

 ちゃんと聞くために、あれはダメ、これをしないと意識するよりも、まずは相手に関心を持つことを意識する。

 話の内容に興味を持てるかどうかではなく、相手が何を考え、何を大事にして言おうとしているのか、その人に関心を向ける。そこが雑談のスタートラインなのだと思う。