北大路欣也・俳優Photo by T.H.

高倉健の一喝と
萬屋錦之介の無言の授業

北大路 私が若い頃、本当にたくさんの大先輩方に可愛がっていただきましたが、皆さん「言葉」で教えるというよりは、「背中」で体験させてくださる方ばかりでした。

 忘れられないのは、高倉健さんとの思い出です。29歳の頃、ある日突然、健さんにアスレチックジムへ連れて行かれて、健さんが普段やっているトレーニングメニューを一緒にやることになったんです。

――高倉健さんとご一緒のトレーニングですか。それはハードそうですね。

北大路 ハードなんてものではありませんよ(笑)。私は普段それほど激しい運動をしていなかったので、メニューの3分の1も消化しないうちに、ヘロヘロになって倒れ込んでしまいました。

 そうしたら健さんが、私を見下ろして、「お前、そんな体で役者をやってられるか!」と一喝したのです。

 周りの人も「健さん、そんなに言ったらかわいそうですよ」って。でも、その時「ああ、これじゃ将来、私はダメになる」と痛感しました。

 健さんは帰り際、ボロボロになった私に「明日もだ」とおっしゃって、「えっ、明日もですか?」なんて言える雰囲気ではなかったので、翌日もまた通い、そこから十何年もご一緒させていただきました。仕事だけでなく、プライベートでもそうして連れて行ってくださった。健さんは「こうやって演技しなさい」なんてことは一言もおっしゃいません。

 でも、役者としての体づくり、精神の在り方を、身をもって叩き込んでくださった。あの時、健さんが無理やりにでも引っ張っていってくださらなかったら、今の健康な私はいないかもしれません。心から感謝しています。

 萬屋錦之介さんもそうでした。東映京都撮影所で楽屋の部屋が近かったこともあり、よく「ちょっと来なさい」と呼んでいただきました。

 行ってみると、錦之介さんが次の作品の衣装合わせや、カツラ合わせ、小道具の選定をされている最中で、「そこに座って見ていなさい」と言われる。それだけです。

 私は部屋の隅に座って、錦之介さんがスタッフの方とやり取りするのをじっと見て、「この時代の町人はこういう帯を締めるのだ。襦袢はこういうものを着て、足袋はああいうものを履くのか」「この役なら、こっちの小道具の方が粋だな」と……錦之介さんが一つひとつ吟味し、決断していく過程を、ただひたすら見学させてもらう。それが何年も続きました。