Photo by T.H.
言葉で「これが正解だ」と
教えない理由
――説明があるわけではないのですか?
北大路 ありません。「こうしろ」とはおっしゃらない。「見てみろ」「やってみろ」というスタンスです。
しかし、何年もそうやって最高峰の現場の裏側を見せていただいていると、自然と頭に入ってきて、理屈ではなく感覚として体に染み込んできます。
言葉で「これが正解だ」と教えられたことは、忘れてしまうこともあります。でも、自分で見て、肌で感じて「かっこいいな」「すごいな」と思ったことは、一生忘れません。
なので自分が役をいただいたいたときも、あのときは錦之介さんがこういうふうにしていたなと、衣装や髷の形、刀の長さまで自然にイメージができました。
これは、東映京都撮影所のひとつの伝統でもあったと思います。錦之介さんたちもさらに大先輩からいろんなことを教わって、私も順番にいろんなことを教わってきました。だから私も、今の若い方々に対して、ああだこうだと「教える」よりは、現場で同じ空気を吸って、自然体で接する中で何かを感じ取ってもらえれば、それでいいと思っています。
それは、「三屋清左衛門残日録 永遠の絆」での、清左衛門の姿にも重なります。
若い夫婦の辛い境遇を見て、清左衛門なりになんとか手助けをしようと、様子を見ては温かい声掛けをしたり、気を配るのですが、彼らの人生を代わって生きることはできません。だからこそ、彼らが持っている力、明るさ、他人を思う気持ちを信じるしかない。
ドラマの中で、若い二人が苦難の中で見せる絆の強さに、清左衛門自身が救われ、心を洗われる瞬間があります。「ああ、いい夫婦だな」「よく気がつくな」と、彼らの成長を目の当たりにして感動する。それは清左衛門だけでなく、演じている私自身の実感でもあるのです。
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「間違っている」と指摘することは簡単だ。しかし、北大路欣也さんはそれを選ばない。
「三屋清左衛門残日録」で見せる温かなまなざしは、演技を超えた北大路さん自身の若者への賛歌なのだろう。正解を押し付けず、信じて待つ。その姿勢こそが、世代を超えて愛され続ける理由なのかもしれない。
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