プレーヤーの時は動くのは自分です。しかし、管理職になると動くのは部下たちです。

 管理職には、個々の案件全てに完璧に対応しようとする「部分最適化」の視点ではなく、チーム全体の生産性を考えた「組織最適化」の視点が必要です。

 例えば、どの仕事にも「絶対にそこは外してはならない」という核心ポイントがあります。それをしっかりと押さえていれば、他が多少粗くても大きな問題にはなりません。反対に、そのポイントを外していると、他をどれだけ準備しても「そこじゃないんだよ」と失望を買います。

「念のため、全てやっておこう」という焦点ボケの体力戦ではなく、核心を明確に定義して、そこに注力するのが管理職のマネジメントです。

 もちろん中には、時間をかけて十二分すぎるほどの準備が必要な仕事もありますが、それは意味のある「念のため」です。

 あるいは、やってみなければ核心が明らかにならないことには、仮説検証を含んだ量的な試行錯誤が必要です。ただし、それらの時間をつくり出すためにも、別の仕事は「ここまででOK」と言い切る濃淡の判断が必要です。

小さな失敗の回避に執着すると
いずれ大きな失敗をする

「念のため」は頭に浮かぶ不安を解消しようとする、リスク回避欲求から来ています。誰しも失敗などしたくないため、この欲求は程度の差こそあれ、誰もが持っているものです。

 しかし、小さな失敗のコストを過大に見積もって「念のため」を連発するのは、自分の安心のために部下の負荷を増やす行動です。部下にストレスが蓄積されるだけでなく、チームのスピード感が失われ、アウトプットが質、量ともに低下していきます。

 これでは管理職としての力量を疑われます。不安解消のためのリスク回避行動が、皮肉にも管理職として最も避けるべきリスクを顕在化させてしまうのです。小さな失敗の回避に執着すると、いずれ大きな失敗をするのです。

 局所的には正論であるため、弊害を自覚しにくい「念のため」ですが、裏を返せば、その点を自覚することが問題解決への一歩となります。

 この「念のため」で、部下に無意味な負荷を与えていないだろうか?

 この「念のため」は、自分の無能をさらけ出していないだろうか?

「念のため」と口にする前に一瞬でもこう自問することで、管理職としての思考が動き始めます。

 いま優れた管理職と評価されている人でも、初めて管理職になったときは、全員が管理職の素人でした。しかし彼らは、プレーヤー時代の経験を踏まえながらも、管理職という役割に必要な視点や考え方を学んできた人たちです。

 その一つが、「念のため」に代表される部分最適化の視点から、仕事に意味のある濃淡をつける組織最適化への視点への転換なのです。