だが実際には、その大半は無意識や潜在意識の中で、瞬く間に決定され、私たちの“意識”はその結果を後から追認しているだけなのだ。

 私たちの多くの行動は、無意識や潜在意識によって制御されている。朝起きて歯を磨き、通い慣れた道を歩き、コンビニでいつものコーヒーを買う――それらは意識的な選択のように見えるが、実際はなかば習慣化された自動的な行動であり、無意識に発動したものともいえる。

 考えごとをしながら歩いていて、気づいたら目的地に着いていた。あるいは運転中、「さっきちゃんと信号を見たっけ?」と不安になる。酔った人が帰宅しているが記憶はまったくない。そんなとき、私たちの身体は意識を介さずに動いていたことになる。

 つまり、意識は決して常に行動の主導権を握っているわけではない。

 事実、現代の街を歩けば、スマートフォンの画面を見つめながら「無意識に」歩んでいく人々の姿が目に入るだろう。

すべて考えて決めたつもりでも
一部は無意識的に選ばされている

 神経生理学者ベンジャミン・リベットの実験は、「意識とは何か」という問いに根本的な揺さぶりをかけた(Libet et al., 1983)。被験者が「ボタンを押そう」と意識する数百ミリ秒前に、脳ではすでにその行動の準備が始まっていたのである。

 つまり、私たちが「自分で決めた」と感じる選択の一部は、すでに無意識の段階で始まっていたことを示している。

 この事実は、自由意志という概念を根本から揺るがす。もし実は、あなたの行動選択が無意識的な“下準備”の結果だとすれば、私たちは本当に「自分の意志で」自分の行動を決めているといえるのだろうか?

 実際に、膨大な感覚入力(視覚、聴覚、身体感覚など)により脳がキャッチした情報は、意識にのぼらぬまま処理され、しかも、私たちの判断や行動に影響を与えている。人生の分岐点になる重要な選択ですら、無意識の影響を排除することはできないのだ。

「いまお前は危険だから“怖い”
という感情を持て」と脳が言う

 感情もまた、まずは、無意識的に生成される。不安や嫌悪、美的感覚、好悪の判断――これらは大脳辺縁系(編集部注/大脳の深部に位置する感情を扱う装置)で自動的に引き起こされている。

大脳辺縁系の図
同書より転載 拡大画像表示