そして、2012年夏、大谷選手は高校3年生で出場した全国高等学校野球選手権岩手大会準決勝で、当時の高校生最速記録となる球速160キロをマークし、日本中を沸かせました。この大記録の樹立は、「無理なんじゃないか」という思いに直面しながらも、いくつもの困難や挑戦を避けることなく、理想の自分に向かって進むことを決めた大谷選手のプロセスがあってこそだと思うのです。
「言い訳というスープ」を
自分の意思で手放せるか
さて、ここまでを理解すると、指導者やアスリートの親は、やる気がでないと口にするアスリートや子どもに対して、「自分の課題から逃げるな」「言い訳ばかりするな」「本当は自分でもわかっているだろう?」などと言いたくなるかもしれませんが、アドラーはこのような行為を「相手のスープにつばを吐く」と表現しています。
つまり、アスリートや子どもは、自分にとって望ましくない事態を回避するために、「言い訳というスープ」をセッセと作っているのですが、そこにつばを吐かれてしまったら、もうそのスープを飲むことはできなくなってしまいます。そして、言い訳や嘘、ごまかしを何も言えなくなってしまうでしょう。
『意味ある敗北とは何か アドラー心理学で読み解くトップアスリートの言葉』(内田若希、新潮社)
客観的には指導者やアスリートの親の方が正論であり、アスリートや子どもに自分自身の間違いに気づかせることは、目標に向かって挑戦する上で必要なようにも見えます。けれども、その行為は、彼ら・彼女らが大切にしていた「モノの見方」の価値を貶めたり、大事にしている価値観を揺るがしたりする可能性があります(注1)。言い換えれば、アスリートや子どもが自分を守るために大事にしてきたスープではなく、無理矢理に違うスープを飲ませようとするようなものです。
正論は、時に相手を心理的に追い詰める可能性があります。結果として、アスリートや子どもは心理的な抵抗を強く示して心のシャッターを閉じてしまい、ますます身動きが取れなくなることもあります。ですから、アスリートや子どもたちが不安や恐れと向きあい、「自分自身が大事に温めていたスープ」を自分の意思で手放し、空になったお皿の中に新しいスープを注げるように、建設的な言葉をかけることを大切にしてほしいと思います。
注1 阿江美智子(1998).「スポーツ社会心理学研究会」スタートのお知らせ. 日本体育学会体育心理学専門分科会会報, 10, p.52.







