2000年以降、3回の価格大変動局面
新興国の急成長で08年に歴史的高値
今回を除いて、2000年以降、原油価格(WTI)が1バレル100ドルを超えるなど、大きく変動した局面が3回あった。
最初は08年の夏だ。原油価格は、00年から03年ごろまで1バレル20~30ドル程度で推移していたが、その後急速に上昇し、08年7月には147ドル台という歴史的高値に達した。
この時の高騰の第1の原因は、新興国の急速な経済成長だ。
00年代、中国では自動車保有台数が急増し、エネルギー消費が急拡大した。さらにインドなどでも工業化が進み、世界経済は03年から07年にかけて高成長を続けた。その結果、世界の原油需要が急増したのだ。
供給面でも不安材料があった。北海油田の減産が進み、イラク戦争後の中東情勢も不安定だった。このため「石油枯渇」論が真剣に議論された。
「原油の金融資産」も変動を助長
「シェール革命」で供給不足起きにくい構造に
この時期の価格高騰には、金融要因も重要な役割を果たした。
00年代半ばは世界的な低金利の時代であり、サブプライム問題が表面化する前の金融市場は、過剰流動性の状態にあった。
商品先物市場への資金流入が拡大し、インデックスファンドなどによる原油投資が増えたため、原油は実物商品であると同時に金融資産としても取引されるようになったのだ。
ところが、08年9月のリーマン・ブラザーズ破綻によってバブルが崩壊し、世界経済は急激に収縮した。石油需要も急減し、原油価格は数カ月で100ドル以上の下落となり、同年末には40ドル台にまで急落した。
以上で見たことは、00年代以降、原油市場が大きく変質したことを意味する。
1990年代までの原油市場は、基本的に実需市場だった。価格は主として需給要因で決まった。そして、供給はOPEC(石油輸出国機構)の生産量や中東の政治情勢により、需要は世界経済の景気動向により決まった。
しかし2000年代以降、原油は金融資産として大量の投資資金を吸収する市場になったのだ。これは「原油の金融資産化」といわれる現象だ。このため、価格は実物の需給だけでは説明できない動きを示すことになった。
とはいえ、その後の原油価格変動は、石油市場で重要な供給構造の変化が要因だった。それはアメリカのシェール革命だ。
頁岩(けつがん)層(シェール)に閉じ込められた石油や天然ガスを、水圧破砕(フラッキング)などの技術によって採掘する技術が実用化され、00年代半ば以降、アメリカではエネルギー生産が急増した。
まず天然ガス分野でシェールガスの生産が拡大し、北米の天然ガス価格は大幅に下落した。これにより、かつて世界最大のエネルギー輸入国だったアメリカは、エネルギー輸出国へと転換することになった。
シェール層から石油を採掘するシェールオイルの開発も進み、アメリカの原油生産は急増した。現在では、アメリカは世界最大級の生産国となっている。
この変化の重要な意味は、石油価格の調整メカニズムが変わったことだ。
価格が上昇すれば、比較的短期間でシェール生産が増加するため、供給が拡大して価格上昇を抑制する作用が働くようになった。オイルショックに見舞われた1970年代のような供給不足は起きにくい構造が、形成されたのだ。
また、アメリカの天然ガス増産とLNG(液化天然ガス)輸出の拡大は、世界のエネルギー市場にも影響を与え、ロシアなどのエネルギー輸出国の市場構造にも変化をもたらした。







