◆「1冊1円」で歴史を変えたファーストペンギン
眠れなくなるほど面白い文豪42人の生き様。芥川龍之介、夏目漱石、太宰治、川端康成、三島由紀夫、与謝野晶子……誰もが知る文豪だけど、その作品を教科書以外で読んだことがある人は、少ないかもしれない。そんな人に向けて、文芸評論に人生を捧げてきた「文豪」のスペシャリストが贈る、文芸作品が一気に身近になる書『ビジネスエリートのための 教養としての文豪(ダイヤモンド社)。ヘンで、エロくて、ダメだから、奥深い“やたら刺激的な文豪たちの知られざる生き様”を大公開!

倒産する会社と大成功する会社の決定的な違い…絶体絶命から生まれた「1冊1円」の価格革命イラスト:塩井浩平

29歳でデビュー
芽が出たのは40歳ごろの遅咲き作家

江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ 1894~1965年)三重生まれ。本名・平井太郎。早稲田大学政治経済学部卒。代表作は『D坂の殺人事件』『怪人二十面相』『人間椅子』など。日本の推理小説の先駆者として知られる。幼いころは母親が海外の探偵小説や日本の怪奇小説などを読み聞かせた。造船所や貿易会社、ラーメンの屋台などさまざまな職を転々とするが、推理小説への情熱は冷めず、大正12(1923)年、『二銭銅貨』でデビューして一躍注目を集める。その後、探偵小説や怪奇小説を次々と発表し、日本のミステリー文学に多大な影響を与える。昭和40(1965)年、くも膜下出血により70歳で死去。

自由への渇望が底上げした
社会全体の知的水準

1910年代~1920年代とされる「大正デモクラシー」で、大衆が自由を求める傾向が強まり、それにともなって文字を読める人が増え、知的水準が上がったというのも、出版市場拡大の後押しになりました。

背水の陣から生まれた
庶民の心をつかむ価格革命

震災の影響で倒産寸前になっていた出版社が、エンターテインメントがなく読書欲に駆られていた庶民のニーズに応えるべく、社運をかけて1冊1円という本の廉価販売に乗り出したのです。

出版業界の地図を塗り替えた
大熱狂とその火付け役

すると、この戦略が見事にハマり、瞬く間にブームになりました。ほかの出版社も続々と追随し、いつしか1冊1円の本は「円本」と呼ばれるようになり、史上空前の“円本ブーム”を巻き起こしたのです。ちなみに、きっかけをつくったのは、『現代日本文学全集』(改造社)でした。

【解説】危機的状況こそ
「破壊的イノベーション」の契機になる

震災による倒産の危機という絶望的な状況下で、出版社は「1冊1円」という当時の常識を覆す価格設定に打って出ました。これは現代のビジネスにおける「破壊的イノベーション」そのものです。

既存の枠組みの中で窮地に立たされたとき、私たちはつい守りに入ってしまいます。しかし、失うものがない「背水の陣」の状況こそ、業界のしがらみや過去の成功体験を捨て去り、市場を根底から変える大胆な一手を打つ最大のチャンスになり得るのです。

マクロ環境の変化から
「潜在ニーズ」を読み解く

「円本ブーム」が大成功を収めた背景には、大正デモクラシーによる知的水準の向上と、震災後の娯楽への渇望という「マクロ環境の変化」がありました。

どんなに画期的なアイデアも、市場の土壌が育っていなければ受け入れられません。社会全体のうねりや人々の価値観の変化をいち早く察知し、まだ言語化されていない大衆の「潜在ニーズ」に刺さるプロダクトを投入することが、爆発的なヒットを生み出す絶対条件と言えます。

「ファーストペンギン」として
新たな市場を創り出す

改造社が先陣を切ったことで、結果的に出版業界全体を巻き込む巨大なムーブメントへと発展しました。前例のない挑戦をし、リスクを恐れず最初に海へ飛び込む「ファーストペンギン」になることは多大な勇気を伴います。

しかし、先駆者として新たな市場そのものを創り出した者だけが、ゲームのルールを作り、圧倒的な先行者利益を得ることができるという面もあります。時代の変化を読み、恐れずに最初の一歩を踏み出す決断力こそが、ビジネスを大きく飛躍させる鍵なのです。

※本稿は、『ビジネスエリートのための 教養としての文豪(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。