NHKの常識を破った「30秒の無音」、高石あかりの“決意”を揺さぶった異例の演出〈ばけばけ第122回〉

「シツレイナガラ、オサキ、ヤスマセテ、イタダキマス」

「『あ〜!』なんて言うのは武士の娘じゃないと司之介が咎(とが)めることで、俺は武士で、ここは武士の家だと司之介が主張していることをおかしく見せられないかなと思って生まれたのが『あ〜!』でした。繰り返し使ったのは、トキが何者かになる物語ではなく、トキはいつまでもトキでいてほしい。大人になろうが妻になろうが『あ〜!』と言っていてほしいという思いからです」
(Yahoo!ニュースエキスパート「ヘブンとトキは『思ひ出の記』に書かれた八雲とセツのようだった 『ばけばけ』ふじきみつ彦インタビューより」)

 ヘブンはトキに魚の小骨をとってもらい、花田旅館の糸コンニャク事件を思い出したり。

 そんななかで、トキに小声で「サッキ、マタ、ヤマイ」と報告する。心臓発作が起きたのだ。

 だが誰にも気づかせないように、平常心を装っている。これまですぐに逆境になると「ジゴクジゴク」と騒いできたヘブンだが、ここぞというときは騒がない。

 異変に気づかないフミと司之介はのんきにふたりでおしゃべりしている。

 トキとヘブン、フミと司之介の会話が重なるという、なかなか高度なことをしてみせる村橋直樹演出。

 ヘブンは書斎で横になる。静かな夕暮れ。ヘブンが好きな虫の声がする。

 手を握り縁側に座るヘブンとトキ。

「キノウサイタサクラ、ワタシニ、サヨナライウタメサイタ」とすっかり覚悟しているヘブン。

 今一度、自分が死んだら、泣かずに、子どもたちと遊ぶように繰り返す。

 トキは「かるた終わったら、スキップします」「テテポッポ、カカポッポまねして、虫捕まえて……」と、これまでヘブンとふたりでやってきたことを思い返し、それを子どもたちとやるとヘブンに伝える。

 ヘブンの頭にはもみじの葉が乗っていて、それをトキはとる。

 このシーンはふたりの背中がしばし映るのだが、このとき驚くのは、ヘブンのほうが小さく見えることだ。弱ってる人らしく見える。どういう体勢をしたらこんなふうに見えるのだろう。トミー・バストウってすごい。

 ヘブンのセリフは、トキのモデル小泉セツの著「思ひ出の記」のままだが、ドラマはトキのセリフが創作されている。スキップ、テテポッポやビア……、『ばけばけ』のなかの思い出が小泉セツの「思ひ出」と溶け合う。

 トキの言葉を「なんぼ、すばらし」とヘブンは喜んだあと、

「シツレイナガラ、オサキ、ヤスマセテ、イタダキマス」
「……失礼ないです。お休みくだされ」
「アリガト」

 ヘブンはトキの肩に頭を乗せて目を瞑る。トキの目に涙。紅葉が風に舞う。

 そっと握った手と手。

 9分24秒あたりから9分46秒まで虫の声がかすかに聞こえ、そのあと完全に無音で、10分24秒くらいまで30秒近く無音。静かな静かなふたりだけのシーンに、トキの目から涙が落ちる。

 ここでは絶対に泣かないと、トキとヘブンのように高石あかりとトミー・バストウも誓っていたらしいが本番で高石が泣いてしまったという。

 無音は村橋演出。NHKの決まりで放送時、30秒以上無音が続く場合、事前に申請しないといけないそうで、事前に申請したうえでの長い無音チャレンジだったと橋爪國臣チーフプロデューサーは取材会で語った。

 そしてシーンが変わる。そこは――。