サラリーマンでありながら海外の映画祭でグランプリを受賞した長久允氏。その思考法を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』について、テレビプロデューサーの佐久間宣行氏は、「体と心を張って映画の世界に飛び込んで掴み取った全てが入ってる。こんなん人に教えていいのかな?」とコメントを寄せた。ラランド・サーヤ氏も大絶賛の同書から、抜粋・再構成して特別公開する。
Photo: Adobe Stock
忘れられない先輩からの言葉
「このセリフは世界観あって気になるけど、商品購買のためにはいらないね」
「お前はサブカルだからお前がおもしろいと思うもの、じゃなくて、たくさんの人の心が動くものを作らないとダメだよ」
これらは実際に、駆け出しの頃、先輩方からいただいたお言葉です。
CMプランナーになって「超ヒットCMをガシガシ作るぞ!」と意気込んでいたのに、心を消して死に物狂いで頑張っても、結果がついてこない日々が続きました。
「それっぽいもの」から脱却する
それらの指摘は、広告を作る上で全部正しいし、今でこそ、私の得意なフィールドと広告というものとの相性が悪かったんだなとわかります。
ですが、それに気づく前に体調を崩してしまった私は、学生時代に映画監督になりたかったことを思い出しました。
自分が作りたい物語があったはずなのに。
自分には伝えたいメッセージがあったはずなのに。
私の脳みそはもっと自由に弾けているのに、私はそれを日常でまったく使っていませんでした。毎日クライアント様に頼まれた仕事で忙しく、to doリストで脳みそを埋めていました。でも、私は倒れてやっと気づけたのです。
そして、人生で一度でいいから、「自分が本当に良いと思うかどうかのみを考えた映画」を作ろうと、10日間の有給休暇で映画を作りました。
「それっぽさ」から遠く離れて、「自由にのびのび書く」それだけを思って。
結果それが、サンダンス映画祭でのグランプリにつながり、今にまで続く「脚本づくりで大切にしていること」でもあります。
ハリウッドで求められるのは「VOICE」
ハリウッドで脚本の仕事をしていると、必ず聞かれることがあります。それは、脚本の構成への質問や、セリフの意図などの細かいことではありません。
“What’s your VOICE?”
あなたのボイスは何ですか?
ということについてです。
オリジナル作品の持ち込みである場合はもちろんのこと、先方からのオファーですでに企画がある場合でも、こちら側に脚本家としての「なぜこれをやるべきなのか?」という強い意志と意図を設定する必要を感じています。
つまり、何かに似ているか、それっぽいか、ということの対極にあるものです。
私は今、王道の脚本方式と完全自己流の脚本方式をミックスする方法で、脚本を書いています。
王道のやり方は、ログライン、3幕構成など、基本の型を知っておくために。
自己流のやり方は、めっちゃ変な書き方ですが、8つのステップに分けて、忙しい中でも「まずは自分が最高だと思える一作を書き切る」ことができるように。
たとえば私は、キャラクターやセリフを作る前に、本当に謎の行動だと思われるのですが、エンドロールの歌詞を書きます。
その映画で伝えたいことが、仮に「生きろ」ということならば、それはセリフで伝えることもできるけれど、歌詞ならばもっとまっすぐに自然に伝えることができると考えるからです。
さらにその言葉が持つ加減の調整も音楽ならばできる。もっと曖昧で繊細なものが届けられます。
深刻なのか、軽薄なのか、超ポジティブな生きろなのか、諦念もこもった生きろなのか、言葉や演技だけでは伝えることが難しいニュアンスを、コードや音質をもって、聴いた人に自然と残すことができます。衝動に似た形で。
もちろんこれらは映画を通して届けたいものですが、それに近いものがエンドロールの5分間で凝縮して達成できるのです。ここで書かれた歌詞こそが、私がこの映画を使って自分が残したい、観客に手渡したい言葉たちなのです。だから私は、まず歌詞を書きます。
とにかく、評価されそうなもの、それっぽいものから離れれば離れるほど、世界で評価されるということを身をもって経験しました。
だから今、何か表現する仕事で行き詰まっている人がいたら、私はこう言いたいのです。
「その反対側に走って行け!」と。







