不確実性が増し、変化の速度が上がった現代社会に、どんな生き方をするべきなのか。ナシーム・ニコラス・タレブが世界に衝撃を与えた『ブラック・スワン』『反脆弱性』に続いて送り出したのが、『身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』だ。価値ある人生を送るために、単なる金銭的なインセンティブの問題と誤解をするべきではない、と著者が語る「身銭を切る」という真の意味とは? (文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍編集局)

アドバイスを聞いてはいけない人のイメージPhoto: Adobe Stock

身銭を切っていない人と付き合う危険

 誰も予想もしなかった、とんでもないことは本当に起こる。

 人間の思考プロセスに潜む根本的な欠陥を、不確実性やリスクとの関係から明らかにした著作『ブラック・スワン』が世界で話題になったことをご存じの方も少なくないかもしれない。

 著者のナシーム・ニコラス・タレブは、文筆家、トレーダー、大学教授および研究者という三つの顔を持つ、現代の急進的な哲学者とプロフィールにはある。

 生涯を通じて、運、不確実性、確率、知識の問題に身を捧げており、主な研究テーマは「不透明性のもとでの意思決定」、つまり人間にとって理解不能な世界で生きていくための地図やルールについて考えること。

 そんなタレブが『ブラック・スワン』、次作の『反脆弱性』に続いて著したのが本書だ。厚さは3cmに近く、400ページを超える大著でタレブは、「不確実で予測不可能な世界で、私たちがとるべき生き方」を説く。

「身銭を切る」というと、本来自分が支払う必要のない費用をあえて自分の金銭で支払う、という意味合いで受け止める人が少なくないと思うが、本書では単なる金銭的なインセンティブの問題と誤解しないでほしいと著者は記す。

 たとえば、身銭を切っていない人と付き合うとどういうことになるか。

アドバイスが間違っていた場合の罰則が存在しないかぎり、アドバイスを生業としている人間のアドバイスは真に受けるな。(P.52)

 著者が大事にしている「自分がしてほしくないことを他者にすることなかれ」を実践的に拡張したものだという。これを著者は「エージェンシー問題」と呼び、本書でもたびたび登場する言葉となる。

注意が必要な「エージェンシー問題」とは

 エージェンシー問題は、保険会社が研究し、熟知しているという。単純にいうと、あなたは保険会社よりもあなた自身の健康のことをよくわかっている。

 つまり、あなたには、自分の病気を見つけたとき、誰かにそのことを知られる前に保険契約を結ぶ動機がある。

 健康な時期ではなく、あなたにとって都合のよいときに保険をかけるとどうなるか? あなたが支払った金額以上のコストを保険システムに負わせることになり、純真無垢の人々の支払う保険料が上がってしまう。

 こうした不均衡をなくすため、保険会社には高額の免責金額などのさまざまなフィルターが設けられていることはご存じだろう。だが、世の中のすべてがそうではない。著者の言葉は強烈だ。

不確実性に関する物事には、ランダム性にだまされるバカ者と、ランダム性を逆手に取るペテン師が必ずいる。前者は理解が不足していて、後者は歪んだインセンティブを持つ。自分の理解できないリスクを冒し、過去の運を実力と勘違いするのがバカ者なら、リスクを他者に転嫁するのがペテン師。経済学者は、身銭を切るという話になると、100パーセント後者の側に立つ。(P.53)

 エージェンシー問題は、商取引における利害の不一致にも姿を現す。1回きりの取引の場合、売り手と買い手の利害は一致しない。なので、売り手は買い手から情報を隠すことができる。

 しかし、と著者は続ける。

バカ者というのは正真正銘のバカなのだ。何が自分自身にとっての利益なのかを理解していない人もいる。中毒症患者、ワーカホリック、悪い人間関係から抜け出せない人々、大きな政府の支持者、報道機関、書評家、尊敬すべき官僚様といった人たちは、どういうわけだか、自分の利益に反する行動を取る。(P.54)

 だが、こういうときには、ふるい分けが重要な役割を果たすのだという。ランダム性にだまされるバカ者たちは、現実の手によって排除される。だから、他人に危害を及ぼすことはなくなる。システムは排除を通じて学んでいくというのが進化の根本原理なのだという。

 そしてもうひとつ。人間は、ある行動がバカげているかどうか前もってわからないこともある。しかし、現実はちゃんとそれをわかっているのだという。

考えてばかりいないで、行動を起こせ

 ここで現実に向き合ってみる。身銭を切る人と切らない人。何が違うのか。

 人が求めるのは、何かを勝ち取ること。そのためには、言葉ばかりにこだわっていると、危険な坂道の上に立つことになる。

 人間は、理解するよりも実行することのほうがずっと得意だからだ。

ペテン師と正真正銘の有能な市民とでは、大きな開きがある。たとえば、大ぼら吹きの社会“科学者”と配管工。ジャーナリストとマフィアの構成員。実践家は、説得ではなく実行することで勝つ。“科学”について議論する人々が、身銭を切り、地に足を着けていなければ、経済学や社会科学といった学問分野全体がペテンと化す。彼らがこうした欠陥を覆い隠すために築き上げる精巧な儀式、肩書き、慣習、手続きについては、第9章で説明する。(P.55)

 著者は「考えるだけでは行き先がわからなくても、実践すればわかる」という。考えてばかりいないで、行動を起こせということだ。

 もとより、人々が“考えて”いることはあまり重要ではないという。「心理学とかいう自己矛盾の激しいソフト中のソフトな学問分野は、手を出さないほうが身のためだ。人間が口で“説明”する行動なんてものは、ただの言葉、自分自身に言い聞かせている筋書きにすぎず、まともな科学が扱う代物ではない」と。

一方、人間の行動は、具体的で測定できるものなので、私たちが着目すべきなのは行動のほうだ。この公理、いや、原理とさえ呼べるものは、非常に強力なのだが、研究者たちが従うことは少ない。(中略)概念をいちばんよく理解しているのは、婚約者だ。たったひとつのダイヤモンドを渡すほうが(買い手が買い渋るようなものならなおさら)、口先だけの約束よりもよっぽど説得力がある(おまけに、撤回しづらい)。(P.55-56)

 著者は個人的に、予測の下手な金持ちと、予測の“得意”な貧乏人の両方を知っているという。ここから見えてくるのは、人生で重要なのは結果の予測を“的中”させる頻度ではなく、的中させたときにどれだけ儲けるかだ、と。

 そしてこうも記す。「とりあえずはこう理解してほしい。“科学”で行われる予測は、ペテン師が頼る最終手段であることが多く、しかもはるか前からずっとそうだったのだ」。

 結局、自ら行動を起こし、身銭を切ることでしか得られないものがあるのだ。

身銭を切るという行為は、個人と集団の両方のレベルで、ブラック・スワンのような不確実性の問題を解決するのに役立つ。(中略)身銭を切らなければ、「時の知性」は働かない。思想は間接的に身銭を切っているし、その思想を抱く人々も同じく身銭を切っている。(P.57)

 いつまでも理屈ばかり押し付けている人たちには、十分に気をつけなければいけないということだ。あなた自身がそうなってはいけない、ということも含めて。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『世界は法律でできている』(元榮太一郎氏との共著/日経BP)、『東京ステーションホテル 100年先のおもてなしへ』(河出書房新社)、『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか』(日経ビジネス人文庫)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。