20年以上コンサルティング業界で培った経営戦略を人生に応用した『人生の経営戦略』の著者・山口周氏と、SNSやネットメディアを中心に絶大な人気を誇る連続起業家のけんすう氏。初対面ながら意気投合した両氏が、「自分の人生を自分で考えて生きるための思考法」を熱く語り合った(構成/藤田美菜子)。

人生は「4つの資本」の積み重ね
山口周(以下、山口) 前回、「あなたの人生という舞台において、あなたは主演であり監督であり脚本家である」という話をしました。
自分のキャラをどのように設定して、どのように物語を進めるかは全て自分次第。ここで興味深いのは、けんすうさんは「周りの登場人物も自分で決めろ」とおっしゃっているところです。
キャラとは、周囲との関係性の中で自分の立ち位置をどう作るかということ。これは、言うなればジグソーパズルのようなものです。ジグソーパズルのピースの形は、周囲のピースの形で決まるので、あるピースを紛失したら、パズルのメーカーにその周囲の8ピースを送ると、なくなったピースを特定して送ってくれるのです。
このように、周りにどういうことが得意な人たちや、どういうパーソナリティの人たちがいるかで、自分の立ち位置もおのずと決まってくる。
古川健介(以下、けんすう) 山口さんの『人生の経営戦略』で紹介されている「リソース・ベースド・ビュー」という考え方ともよく似ていますね。
みんな自分の「強み」を探そうとするけれど、残念ながら自分の能力を評価するという点において、人間の能力は相当に低い。だから、強みではなく「真似できない特徴」に着目しようという考え方です。
僕の本(『物語思考』にできているのに、周りがなぜか驚いたり、評価してくるところがあれば、それを軸にしようと書いています。それはなかなか他人にはまねできない、貴重な資源だと思うので。
山口 やはりそこの考え方は同じですね。キャラを作るコツってみんな悩むと思うのですが、自分がずっとやってきていることや、自分にとっては苦にならずにできてしまうことをネタにすればいい、ということです。
憧れの人の「一部分」だけを真似る技術
けんすう 僕は、憧れの人の一部分だけを真似るのもいいと思うんですよ。
例えば、憧れの先輩がいて、その人の挨拶がすごく気持ちがいいと。じゃあ、挨拶のときだけでもその人になりきるとか、口ぐせを真似てみるということをやるだけでも、けっこう印象が変わるんです。
僕の場合、キングコングの西野亮廣さんという友達がいるのですが、彼は仕事を頼まれたときに「絶対結果出します」と言うんですね。そう言うと、依頼したほうは頼んでよかったなと思うし、自分もプレッシャーがかかって頑張るのでいい。
それを真似してみたら、実際に仕事が来るようになったり、相手も「この人に頼んで正解だった」と思うのか、場も明るくなったりする。ひとことキャラを借りるだけでも、自分のキャラは形づくられていくんだなと実感しました。
山口 そういうとき、「どう考えても君のキャラじゃないよね」というのを真似してスベったりすることはないんですか?
けんすう あり得ると思いますが、そういうときは、むしろ自分のオリジナリティが作られているんです。同じことをやっても、全然違った結果になったりキャラになったりするので、変わっていくという過程のほうが大事。物語が思わぬ方向に転がっていくのは歓迎すべきことで、「ブレないキャラ」みたいなものはかえって停滞を生むと思っています。
キャラに悩んだら「場所を変える」
山口 『人生の経営戦略』に入れようと思っていたコンセプトで、最終的に落としてしまったものに「パートナリングのストラテジー」があります。
自分と似たようなものを持っている人とくっついていてもあまり意味がなくて、どちらかと言えば補完関係があったり、いわゆるシナジーが出たりするようなパートナーシップが望ましい。要は「誰と組むか」が重要ということですね。
逆に言うと、こうした周囲との関係性の中で作られた自分のキャラが固定化してしまうことも起こり得る。となると、そこから抜け出したくなることもあるでしょう。
ここで、アメリカという国が面白いなと思うのは、そういう状況になると、みんな住む町ごと変えてしまうんです。アメリカは西海岸と東海岸で太平洋ぐらいの距離があるので、東側でそういう状況になって、このままではダメだなと思ったら、ポーンと西側に移って、人間関係も含めて完全に人生をリセットしてしまう。
日本ではなかなかそうはいかないというか、いったん出来上がった舞台設定や登場人物にとらわれている人が多いと思うんです。自分はいつまでたっても子分扱いだ――みたいな感じで、自分の役回りに悩んでいる人もいるのではないでしょうか。
そういう人にあえてアドバイスすると、やはり場所を変えろ、仲間を変えろということですね。
複数のキャラを使い分けよう
けんすう おっしゃるとおりですね。僕は、場所や仲間を変えるには、ネットのコミュニティのどこかに参加するのがいちばん簡単だろうと思います。オフラインとオンラインというだけで別世界ですし、そこで新しいコミュニティに参加して自分の役割を見つけるだけで、また新しいキャラができる。
山口 今の世の中のように、これだけリスクが大きくなってくると、一つの仕事だけをやり続けるのは結構危ないので、いくつかの領域に分けて社会資本や人的資本を築いたほうがいい。
けんすうさんが言うように、実社会とバーチャルの社会とで両方で活躍できる場をつくっておくということもあるし、場合によってはその中でパーソナリティやキャラを使い分けるということもできる。
けんすう 僕もコミュニティをやっていますが、コミュニティの中で活動してくれている人はもちろん匿名なので、たぶん日常生活とは全然違うキャラクターで入っている。そこでは、そのキャラクターとしてコミュニケーションが行われているので、自分は変えられなくても自分と違うキャラを作るのは、割と敷居が低くていいかもしれません。
山口 それが健全ですよね。今の世の中を難しくしている側面があるとすると、やはりデジタルデバイスがどこにでも入り込んでくるようになってきたからです。
人間のパーソナリティはユングの言葉で「ペルソナ」と言いますが、昔の人たちは仮面を使い分けるように複数のペルソナを使い分けていた。会社にいるときは生真面目な管理職だけれども、会社を出ると新宿二丁目のスナックではじけて、家に帰って子どもや孫と会っているときはまた違うキャラ――みたいなイメージです。
それが、近年はどこの世界にもデジタルデバイスが入り込んで、常に統一されたパーソナリティでい続けなくてはならないような感じになっていた。
それがまたひっくり返って、デジタル空間でも別々のパーソナリティを別々な場所で使い分けながら、人格としてトータルのバランスを取っていくというのがスタンダードな生き方になると面白いと思いますね。
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(日経ビジネス人文庫)など。
けんすう(古川健介 ふるかわ・けんすけ)
連続起業家
1981年生まれ。浪人中に大学受験サービス「ミルクカフェ」を立ち上げる。早稲田大学政治経済学部在学中に、レンタル掲示板の「したらばJBBS」を運営。リクルートに新卒入社後、起業してハウツーサイト「nanapi」を立ち上げるなど(2014年にKDDIに売却)、学生時代から多くのネット企業や事業を立ち上げてきた連続起業家。現在はアル代表取締役として、マンガ情報共有サービス「アル」や、コラボ型きせかえNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)「sloth(すろーす)」、成長するNFT「marimo」などを手掛けている。著書に『物語思考 「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術』(幻冬舎)。