◆なぜ「優しい人」ほど損をするの? 他人の顔色をうかがう人がハマる落とし穴
ふと嫌な出来事を思い出して眠れなくなることはありませんか? そんなときに心の支えになるのが、『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)。ゲイであることのカミングアウト、パートナーとの死別、うつ病の発症――深い苦しみを経てたどり着いた、自分らしさに裏打ちされた説得力ある言葉の数々。心が沈んだとき、そっと寄り添い、優しい言葉で気持ちを軽くしてくれる“言葉の精神安定剤”。読めばスッと気分が晴れ、今日一日を少しラクに過ごせるはずです。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・斎藤順)

【精神科医が教える】職場で「利用される人」と「感謝される人」を分ける心理的特徴Photo: Adobe Stock

他人が言う「優しい」の裏にある本音

今日は、「優しさという病」についてお話ししたいと思います。世間ではよく、「あの人は優しいね」と人を評価することがあります。一見すると良い言葉に聞こえますが、私はそう言われている本人は、あまり良い状況に置かれていないのではないかと感じることが多いのです。

というのも、「あの人に優しいよね」と言われる時は、たいてい「困った時に何とかしてくれる人」といったニュアンスが含まれているからです。少し言葉は悪いですが、つけ込まれていたり、あてにされていたり、利用されているケースが少なくありません。

表立って「あの人は何でもやってくれる、都合よく利用できる」とは言えませんから、その代わりに「優しい」という言葉が使われているわけです。

もちろん、パートナーや家族、好きな人など、ごく近しい関係性の中で言われる「あなたは優しいね」は、長所としての本当の優しさだと思います。しかし、そこまで親しくない第三者から言われる「あの人は優しい」には、「自分にとって都合のいい人だから」という意図が隠れていることが多いのです。

優しさの正体は「自他境界」の曖昧さ

いつも「優しい」と言われてしまうのは、一種の病のようなもの。では、どのような病かというと、自分の問題と他人の問題を区別できていない、つまり「境界線(バウンダリー)がきちんと引けていない状態」だと言えます。

自他の境界線が曖昧だと、他人が困っているのを見て自分まで嫌な気分になり、つい手を出してしまいます。自分がやりたくないことならやらなくてもいいはずなのに、人の顔色をうかがって無理に引き受けてしまう。そういった人も、よく「優しい」と表現されます。

境界線が引けていないことで起きる問題として、親が子どもの問題に自分のことのように口を出しすぎる「過干渉」がよく知られています。しかし、他人の問題を自分のことのように引き受けてしまうこの「優しさ」も、過干渉とは逆のベクトルではありますが、同じ境界線の問題なのです。他人の境界線に対する感覚がゆるい状態とも言えるでしょう。

もし、あまり親しくない人から「優しい」とよく言われたり、「本当は気にしなくてもよかったな」「自分ばかり嫌な役を押し付けられているな」とモヤモヤしたりしているなら、もしかすると無意識のうちに利用されてしまっているのかもしれません。