「自分軸」と「他人軸」の優しさの違い

この問題は、結局のところ「自分軸」の問題に行き着きます。私なりの「自分軸」の定義は、「自分が納得した言動を選ぶこと」です。

人のために何かしてあげたいと思った時、まずは「私はこれをやってあげたいと思っているけれど、本当にそれで納得している?」と自分自身に問いかけてみてください。その上で「やっぱりやってあげるべきだ」と胸を張って言えるなら、それは自分軸での行動ですから、やればいいのです。

しかし、本当は納得していないのに、「嫌われるかもしれないから」「空気が悪くなるから」といったモヤモヤした気持ちで、自分がやる筋合いではないことまで引き受けてしまう。これこそが、今日お話ししている「優しさという病」の正体であり、「他人軸」の行動です。

偽りの優しさを手放し、本当の優しさへ

納得していないにもかかわらず、他人の顔色をうかがって動いてしまうと、相手から下に見られたり、コントロールされたりする関係性ができてしまいます。相手は「優しい」と評価してくれるかもしれませんが、それは単に「自分にとって都合が良い」というだけのことです。そこに上下関係が生まれてしまう以上、良い人間関係が築けるはずがありません。

他人軸の優しさは、嫌われたくない、空気を悪くしたくないという、自分自身のエゴでもあります。だからこそ、本当の意味で感謝されることもなく、悪い関係性が続いてしまうのです。誰も勝者がいない、お互いにとって良くない状態だと言えます。

この「優しさという病」から解放される方法は、自分が人に何かしてあげる場合に「納得しているかどうか」を自分に聞くことです。自分の意志で、自分が納得して行う優しさは、決して病ではありません。

すべての言葉を疑う必要はありませんが、相手から「優しいね」と言われた時は、それが本当に良い意味での優しさなのか、少し立ち止まって考えてみてください。もし心当たりがあるなら、行動を選ぶ前に「自分はこれに納得しているか?」と一度確認する癖を、ぜひ徹底していただければと思います。

※本稿は『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)の著者による特別原稿です。