経営学の知識を軸に、よりよいリーダーシップを振るえるようになることを目指す『リーダーシップの科学』。よいリーダーを目指して試行錯誤するリーダーに、新たな視点を提示する1冊だ。本稿では、本書の発売を記念して、著者である鈴木竜太氏に寄稿いただいた。
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台本があるからこそ、アドリブを楽しめる
経営学の理論は、舞台で言うところの「台本」や、将棋や囲碁で言う「定跡」に近い。スポーツで言えば「セオリー(理論)」である。
台本通り、定跡通りに進めば、これほど簡単なことはない。しかし、舞台や対局、試合では相手がいて、状況が変わる。現実は台本通り、定跡通り、セオリー通りにはいかないし、頑なにそれだけを守っても結果はなかなかついてこない。
では、必ずしも結果につながるわけではないのに、なぜ「台本」「定跡」「セオリー」は存在するのだろうか。
以前、あるベテラン芸人がインタビューでこんな話をしていた。
まだ無名だった頃、彼は名の知れた大御所の舞台に呼ばれた。台本のセリフを一字一句覚え、繰り返されるリハーサルも完璧にこなしたという。ところが、本番の舞台の冒頭で、この大御所は台本にないセリフを話し始めた。
いきなり台本にないセリフを投げかけられ、彼は頭が真っ白になりながらも、なんとかアドリブで対応した。舞台の出来は散々で、「もう呼ばれないだろう」と肩を落とした。しかしその後も、彼は大御所の舞台に呼ばれたという。
後日、「なぜあの時、本番で台本にないセリフを言ったのですか?」と尋ねると大御所はこう答えた。「舞台喜劇は、やっぱりアドリブが一番面白いから」
納得がいかないこの芸人は「では、なぜあんなに綿密にリハーサルをするんですか?」と聞くと、大御所はこう続けた。「台本は、アドリブがおかしな方向にいった時に、戻るための場所。戻れる場所があるから、アドリブをしても怖くない」
この話は、リーダーが理論を学ぶことにも通じるだろう。優れたリーダーは状況を的確に分析し、フォロワーの能力や性格をしっかり把握する。そして臨機応変に想定外の状況に対応し、成果を出していく。
しかし、それは単なるアドリブ力ではない。
しっかりとしたリーダーシップへの理解があり、多くの打ち手が集まったリーダーシップ論という「台本」が頭に入っているからこそ、部下一人ひとりの違いを踏まえて対応できる。
リーダーにとっての本番は、日常にある
リーダーにとっての本番は、部下と対峙し、仕事に取り組む日常にある。その一瞬一瞬は、いわばアドリブの連続だ。その場の状況や部下の現実をしっかりと見定めながら、より良い成果を生むために、リーダーとしての振る舞いを考える。
「ミスした部下をしかるべきか、それとも気にしないようにフォローするか」
「具体的に指示をするか、ある程度部下に任せるか」
リーダーの振る舞いが異なれば、部下の行動も変わる。何が正解かわからなくなった時こそ、リーダーシップの理論という「台本」に立ち戻ればよい。
リーダーシップ論とは、ある振る舞いが、どのような結果を生む傾向があるかを示した、一般化された知見である。それは全ての状況や人に当てはまるわけではない。けれども、理論を軸に目の前の現実を捉えれば、この場面・この相手と対峙した時に、リーダーとしてどのように振る舞うべきかを深く考えられる。
リーダーシップ論を学ぶことは、どんな状況でも通用する「正解」を手に入れることではない。毎回異なる現実の中で、より精度の高いリーダーシップを想像し、発揮するためにある。
理論とは、現実を縛るものではない。現実のアドリブを支える台本なのだ。






