改革とは本質的に痛みを伴うものだ。短期的な混乱や失業の増加、資産価格の下落は避けられない。その痛みの責任を一身に負うリスクを、現政権はとれない。だから、「保身」が課題の最優先事項になるのである。

 社会保障を手厚くすれば財政負担が恒久化し、地方財政を圧迫する。戸籍改革を進めれば都市財政を圧迫する。最も効果的な処方箋は「まともに儲かる企業」を増やすことだが、民間企業に自由な経済活動を認めれば、中国共産党がコントロールを失うことが懸念される。

 アリババやテンセントなど、世界トップに手が届きそうになった瞬間に自由を奪われ凋落した民間企業の事例は、その懸念が単なる杞憂でないことを示している。

 では、この構造はいつ、どのような形で限界を迎えるのか。

 筆者は「急激な崩壊」よりも「長期的な沈下」シナリオが有力と見ている。IMFが予測する中期的な成長率低下が現実になれば、4%台の成長でも維持できていた雇用と社会安定のバランスが、3%台では維持できなくなる臨界点が訪れる。

 その時期は、現在のペースで推移すれば2030年前後になる可能性がある。急落ではなく、じわじわと体温が下がるように活力を失っていく過程で、中国共産党への求心力も静かに、しかし確実に損なわれていく。

 今回の全人代はその過程の一コマに過ぎない。

 中国政府は全人代で問題の所在を認め、成長目標を小幅に引き下げ、内需拡大を掲げた。社会保障もわずかながら積み増し、不動産と地方債務の処理にも言及し、民間と外資の信認回復にも動いた。

 だがそれらを本気で最大化すれば、習近平政権の存在基盤が揺らぐ。だからすべてが、本気ではないのだ。

 以前「中国経済崩壊論」が流行したことがある。しかし、急激な崩壊は起きないだろう。崩壊の危機に瀕しているのは中国経済ではなく、中国共産党の求心力そのものだからである。中国共産党の足場は、中国経済より脆くなっているのである。

 中国共産党がいつ崩壊するのか、あるいは私たちがそれを実際に見られるかどうかはわからない。だが、その弱体化は、成長率の小数点以下の変化として現れながら、静かに進行している。

(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)