なかでも問題だったのは、「正しい農業とは何か」という理念が運動内部で強く打ち出されるようになり、現場の経験や判断が軽視されていったことです。「農業は自然との共生であるべきだ」「利益のために行うものではない」といった価値観が運動の中で共有され、それを研究者や思想家が理論化していきました。

 こうして農家の現場で培われてきた「農家のソフト」は、次第に「理想の農業」という枠組みに取り込まれていったのです。

 その「理想の農業」は、市場原理や効率性を否定する傾向が強く、高く売ることや技術革新の導入は「本来あるべき農業からの逸脱」とされました。その結果、「農家のソフト」は現実の経営や生活を支える知としてではなく、「自然と調和する美しい思想」として語られるようになり、農家の声とは切り離されたかたちで消費されるようになっていきました。

現場の声を無視したまま
有機農業の制度が整備された

 さらに問題だったのは、そうした見解が農業の現場ではなく、特に都市部の農業に関わらない知識人のあいだで広まり、それが結果として制度に反映されていったことです。

 1990年代以降、有機農業を支援するためのガイドライン、法律や認証制度が整備されましたが、当然、制度をつくったのは活動家ではなく、農政当局や研究機関です。しかし、その過程では、「自然との共生」や「環境にやさしい農業」といった理念が、一定のイデオロギー的な立場を背景に持つ集団によって広く主張され、現場の多様性や異論を許さない雰囲気が形づくられていきました。

 その理念は社会の中で疑いにくい「常識」として受け止められるようになりましたから、制度を設計する側も、そうした理念を無視することはできません。とはいえ、その理念をそのまま制度に移せば、慣行農業は「誤った農業」とされ、有機農業は背景にあるイデオロギーごと礼賛される。制度側もその危うさを感じ取り、理念を暴走させないよう、あらかじめ一定の枠内で管理可能なかたちに整理しながら反映させるという、防衛的な形で制度が作られたのだと私は見ています。いずれにしても、制度が理念を無条件に受け入れたのではない、という点は押さえておくべきです。

 もっとも、その制度が整備されていく過程で、「農家のソフト」は制度の都合に合わせて型にはめられ、自由な実践の幅が狭められていったのも事実です。「この資材は使えない」「この方法でなければ認証されない」といった規定が現場の判断や創意を抑制する例も生まれました。制度が理念を固定化したことで、有機農産物が本来持っていた市場価値も、次第に見えにくくなっていきました。