米を抱えた農家の男女写真はイメージです Photo:PIXTA

売上(年商)は160万円。それでも「儲けすぎだ」と言われる。無農薬で桃を育てる、とある若い農家が直面していたのは、経営の失敗ではなく、日本社会に根強い「農家は清く貧しくあるべき」価値観だった。農業法人を経営する筆者が、理念と農業現場のギャップを読み解く。※本稿は、野口憲一『コメ関税ゼロで日本農業の夜は明ける』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

貧乏生活が長すぎる
売上160万円の桃農家の現実

 2022年の3月頃のことだったと思います。私の本を読んだという若手農家からメールが届きました。そして私は、まだ寒い3月の曇り空の中、その農家の山間の畑を訪ねました。彼の畑の片隅には、まだ寒さが残る空に向かって桃の花が一輪だけ咲いていました。

「僕は、化学肥料や農薬を一切使わずに、日本一の桃を育てる自信があります」

 そう語る彼の目は真っ直ぐでした。農業に対する情熱、そして理想。その熱量は、これまで私が話を聞いた有機農業家などから何度も感じたことがあるものでした。

「面積はどれくらいですか?」
「桃だけじゃなくて色々育ててますけど、全部で1ヘクタールくらいですね」
「想像よりずっと多いですね。それじゃ、それなりに利益は出ていますよね?売上でどれくらいですか?」
「160万円です」
「……それは、売上じゃなくて利益ですよね?」
「いえ、売上です」
「……どうやって、生活を……。確か、ご結婚されてるんでしたよね?」
「妻がパートをしてくれてて。野口さんは高校の時に親の職業を話せなかったって聞きましたけど、僕は、子どもを作るなんて贅沢、望めないんですよ」