現場を知らない人が語る
「あるべき農業」という理想

 では、その価値観はいったい誰のものなのでしょうか。現場で土に触れ、季節に振り回されながら暮らしを支えているのは農家自身です。しかし、「あるべき農業」や「理想の営み」といった言葉の多くは、農業から距離のある人々によって語られてきたという現実があります。

 たとえば、無農薬・無化学肥料で作物を育てること。それは確かに美しい目標ですが、実際には大きなリスクと労力を伴います。病害虫との闘い、収量の不安定さ、膨大な除草作業。こうした困難を経験したことがない人が、「それでも理念を貫くべきだ」と言葉にするとき、そこには現場への想像力の欠如があると感じます。

 有機農業そのものを否定しているわけではありません。農薬を使わず、化学肥料に頼らずに作物を育てることが、どれだけ高度な判断力と技術を必要とするかも理解しています。私が本当に評価しているのは、そうした条件のなかで収量と品質を両立させている農家の経験と工夫、つまり「農家のソフト」の力なのです。だからこそ私は、有機農産物の価値を、栽培方法という形式ではなく、その背景にある農家の力量として見ています。

都市の消費者の要求が
有機農業の負担を高めた

「農家のソフト」は本来、特定の政治的立場や思想に回収されるようなものではありません。しかし現実には、特定の言説に取り込まれ、その価値が特定の立場から定義されるような構図が明らかにあるのです。

 中心にあったのは、有機農業をはじめとするオルタナティブ農業運動と、それに共鳴した都市部の消費者による社会運動的な言説です。

 日本で有機農業運動が広まりはじめたのは1970年代のことです。高度経済成長のあと、農薬や化学肥料による環境汚染への懸念が高まり、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』や有吉佐和子の『複合汚染』といった書籍が注目されるようになりました。

「農薬を使わない農業こそが正しい」という意識が都市の知識層に広がり、有機農業は「より自然に近く」「より人間らしい」理想の農業とみなされるようになったのです。

 一方で、農家にとって有機農業は決して理想どおりにいくものではありませんでした。農薬や化学肥料を使わないぶん手間と労力がかかり、収量も不安定です。とはいえ当初は都市の消費者による援農や提携といった支援があり、農家もその関係性に希望を感じていました。

 ところが、こうした協力関係は次第に変化していきます。有機農業が広まるにつれて、消費者の支援は減少し、逆に要求は高まっていきました。