イラストレーション:木内達朗
「週刊ダイヤモンド」の大人気連載「ブティック」が単行本となり、5月13日に発売されます。「半沢直樹」シリーズや「下町ロケット」シリーズなどを手掛けた池井戸潤の2年ぶりの新作となります。ダイヤモンド・オンラインでは発売に先行し、期間限定で全話(全62回)を順次配信していきます。小説『ブティック』の第1話の#1を公開します。
【公開スケジュール】
・第1話:星を探して(#1~#8)#1、#2は完全無料公開 4/4~5/1配信
・第2話:トゥームストーン(#9~#15) 4/4~5/1配信
・第3話:夏空(#16~#24) 4/11~4/17配信
・第4話:最善のアドバイス(#25~#33)4/11~4/17配信
・第5話:スイミー・キッチン(#34~#38) 4/18~4/24配信
・第6話:秋空(#39~#42) 4/18~4/24配信
・第7話:ブルータスの選択(#43~#50) 4/25~5/1配信
・最終話:ローズガーデン(#51~#62) 4/25~5/1配信
池井戸潤『ブティック』
第1話:星を探して(1)
プロローグ
多くの人たちがきっと、いまも真っ暗闇の大海原で自分という名の船を漕いでいる。孤独と不安に苛まれながら。
寄せる波に翻弄され、針にも似た無数の飛沫を浴び、北風に煽られ、幾度も転覆しそうになりながらもがき、どうにかバランスを取って持ちこたえている。
だが、正しいはずのコンパスは狂い、進む方向すらわからない。それでも、彼らは必死になって探す。進むべき方角を示す星を。
雨宮秋都も、そんな大海に彷徨うひとりなのかも知れなかった。
「あの……なんとか、なりませんか」
青ざめた顔を上げた町村耕助の唇は、かすかに震えているように見えた。
日本橋の裏通りにあるカフェの片隅である。店の名前は、「コピ・ルアク」という。インドネシア語だ。意味は、「ジャコウネコ・コーヒー」。ジャコウネコの糞から精製されるという伝説のコーヒーである。
イラストレーション:木内達朗
その店の一隅でいま、秋都はオーナーの町村と向かい合っていた。秋都の隣には上司の取引先課長、戸倉大輔がいて、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
この日秋都たちは、過日、町村から依頼された融資を断るためにきた。
町村にとって、店を継続するために必須のカネである。それを断るのだから、この融資見送りは見捨てるも同然だ。
気まずい沈黙が落ちた。
五月の日射しが入る店内には、テーブル席が十席。カウンターが八席。昼にはまだ早い時間帯だからか客の姿はまばらで、カウンターには三十歳前後の女性客がひとりいるだけだ。スーツ姿で、茶に染めた髪は頭の後ろで束ねたシニヨン。
「コピ・ルアクをください」
その女性のことが気になったのは、さっきそう注文する声が耳に入ったからだ。高いので、よほどのコーヒー好きじゃないと頼まない逸品だ。
秋都が東京の大学を卒業し、東京中央銀行に入行したのは三年前だ。
日本橋支店に配属され、一年間のローテーション研修を経て取引先課担当になったのは、コロナ禍が一段落して、世の中が平常を取り戻そうとする頃である。そのとき先輩から引き継いだ五十社ほどの担当先の中に、町村が経営するカフェは入っていた。売上げ百億円を超えるような会社が多い中、最も小規模の取引先といっていい。
町村から、運転資金として五百万円を融資してくれないかと切り出されたのは、一週間前のことであった。
たった五百万円。
メガバンクの取引規模からするとそういいたい金額だが、町村にとっては大金だ。
コロナ禍で落ち込んだコピ・ルアクの業績はいまだ回復途上で、運転資金といいつつ、その実態は赤字の穴埋め資金である。
ある程度予想はしていたものの、その稟議は難航し、ようやく支店長の江木雅史の結論が出たのは昨日のことであった。
「雨宮、ちょっといいか」
『ブティック』(ダイヤモンド社) 定価:本体2000円+税
ブティック
池井戸潤著
〈内容紹介〉
「君、銀行辞めて、どうするの?」
入行3年目、エリート街道を歩んでいた雨宮秋都は、ある案件をきっかけに、理不尽な戦力外通告を受けてしまう。退職を決意した秋都が見つけた、新たな希望とは――?










