日本の権益拡大のため、中国軍の指導者を勝手に殺すというのは、100%こちらに非のある話だが、それを素直に認めて謝ったら陸軍のメンツに関わるし、中国に対してもつけ込まれてしまう。
つまり、今の高市首相と同じく「謝ったら負け」で押し切ったのである。
そして昭和天皇も結局、それを容認してしまう。軍の統帥権を持つとはいえ、当時の陛下は即位したばかりの若干27歳。経験豊富な愛国軍人をねじ伏せるだけの力はまだなかった。
結果として、陸軍に対して「日本のためにやったことだから、そこまで悪いことしたわけではないよね」という誤ったメッセージを送ることになり、陸軍の暴走を招き満州事変、日中戦争につながっていった、というのが昭和天皇のお考えだ。
実際、戦後に「張作霖事件の処罰を曖昧にした事が後年陸軍の紀綱(きこう)のゆるむ始めになつた。信賞必罰はしなければならぬ」(1951年)「張作霖爆死を厳罰にすればよかつたのだ」(1952年)という後悔を述べている。
日本の「国体」であり、軍の統帥権を有していた昭和天皇でさえ、一度火がついてしまった愛国者たちの暴走は制御ができず、いくところまで行ってしまうのである。いくら高市首相が国民的人気があるとはいえ、政治家にコントロールできるものではないのだ。
日本を守っていくうえで「愛国」は非常に大切だが、我々の過去の歴史を教訓にすれば、それがあまりに過激になってしまうと皮肉にも「亡国」につながってしまうというのは、歴史が証明している。
だからこそ、国を守る人々は個人のイデオロギーではなく、法に基づいて動かなくてはいけない。そして、もしそれが破られた際には厳しく処分をするというのが、シビリアンコントロール(文民統制)の基本だったはずだ。
中国に頭を下げるとかっこ悪いとか、支持率が下がってしまうだとかという目先の私益のためにこの原則を捨てるのはあまりにも恐ろしい。
反中イデオロギーが高まる今だからこそ、昭和天皇の「処罰を曖昧にすることで軍の制御ができなくなった」という金言を学んでもらって、高市首相には日本の未来を守るための「戦略的謝罪」をしていただきたい。








