年を重ねるにつれて、新しいことにチャレンジする機会が減ったという人は多いのではないだろうか。自分の経験値をもとに「うまくできる仕事」は増えているし、それで十分やっていける……。そう思うのは自然なことだ。しかし、独立研究者で著作家の山口周氏は、書籍『人生の経営戦略』「私たちは『自分たちの強みが発揮できる場所』だけに居続けることを戒める必要がある」と語る。それはなぜか。本書の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社編集局)

キャリアが曲がり角を迎えている男性

なぜ「慣れた仕事」は成長を止めるのか

 経験値を重ねて楽になることの一つに、「仕事に慣れる」ことが挙げられる。

 顧客のニーズを理解し、トラブルも予測できるようになると、仕事は一気にスムーズになる。

 筆者も前職で3年を過ぎたあたりから、仕事の押さえどころがわかるようになり、俄然楽になったのを覚えている。

 しかし、山口氏は「自分の強みが発揮できる場所」だけに居続けることに対して警鐘を鳴らす。その理由は、「成長できないから」だという。

 この点について、山口氏は「発達指向型組織」と「安定指向型組織」を比較し、解説している。

最大のポイントは、通常の組織が、最もその仕事で安定した成果が出せる人に仕事を任せるのに対して、発達指向型組織では、そのような考え方を取らないということです。なぜなら、その仕事がすでに上手にできるということは「その仕事を通じて成長する余地が少ない」ことを意味するからです。(P.312)

 発達指向型組織の場合、その仕事をやらせることによって最も成長できそうな人に任せるのだという。

 慣れていない人がその仕事を行うことにより、一時的に組織全体のパフォーマンスは低下する。しかし、こういったアサイントメントを行うことにより、人材の成長が促進され、組織全体の人的資本が中長期的に向上するのだ。

 日本ではよく、「適材適所」と言われるが、その仕事を最も上手にやれる人を、それぞれの仕事に配置するという考え方では、成長の実感が得られないという問題があるのだ。

「弱さ」はなぜ成長の起点になるのか

 また、発達指向型組織では「弱さ」についての捉え方が通常の組織とは大きく異なるという。

通常の組織において「弱さ」が、できるだけ見せてはならないもの、周囲に知られてはならないものとして考えられているのに対して、発達指向型組織においては、「弱さ」は機会として考えられているのです。なぜなら、その「弱さ」を埋めることで本人も組織も成長することができるからです。(P.315)

 通常、私たちは苦手なことや弱さを人に見せたがらない。自分のできること、強い面をアピールすることで評価を得ようとするし、「弱さ」が露呈してしまうかもしれない不慣れな仕事や、難しいプロジェクトへチャレンジしたいとは思わないだろう。

 山口氏は、そういった振る舞いは、「短期的には周囲に自分の有能さをアピールすることはできるかもしれないが、長期的には非常に難しい状況に陥ることになる」と語る。

 なぜなら、そのようなことを繰り返している限り、その人の学習や成長は停滞することになるからだ。

成長は「コンフォートゾーンの外」で起きる

 もちろん、外部研修などで、その弱さを埋めていく手もあるが、山口氏は「人々の発達・成長は『業務の場』においても追求されるべき」と指摘する。

 やはり、日々の仕事を通して、「できないこと」「苦手なこと」ができるようになっていくことが大事なのだろう。

 山口氏は、カギになるのは「コンフォートゾーンから抜ける」であると指摘する。

 コンフォートゾーンとは、その仕事をするにあたって、大きな心配がなく、リラックスして取り組める状態のことだ。

上司や同僚からすれば、仕事を安心して任せられる状態であり、本人も自信を持って取り組めている状態で、ストレスの非常に低い状態ではあるのですが、あまりに長くこの状態に居続けると、学習・成長は停滞してしまうことになります。(P.320)

 一方で、新しい仕事を始める時は、たとえ難易度の低い仕事であっても、不安を感じる。その状態の中で仕事に取り組むことで、やがてS字曲線を辿って学習・成長し、その仕事をうまくこなせる段階になる。そうなると、またコンフォートゾーンに入っていくのだ。

 そのため、私たちが人生において学習・成長を続ける限り、このサイクルが常に繰り返されることになる。

 つまり、成長はコンフォートゾーンの外でしか起きないのだ。

「順調すぎる状態」が危険な理由

 山口氏は、本書で次のような注意喚起をしている。

今、これを読んでいる皆さんが、ここ一年を振り返って、大きな不安やストレスもなく、スムーズに周囲の期待する成果を出せていたのだとすれば、それはそれでまことに喜ばしいことではあるのですが、学習や成長といった観点からすると「天井にぶつかってしまっている」という状態だと言えます。(P.320-321)

 こうした状態は、年を重ねるにつれて陥りやすくなる。特に、40代になると顕著だ。

 それなりに実績も評価されている人が多く、「みっともない姿」は見せられないと思うようになる。

 そうすると、自分の経験の範囲内でやれる仕事ばかりをやり、難易度の高い仕事や新しい環境を避けがちになる。

 しかし、その結果、学習や成長のない人生を送ることになるのは、「みっともない姿」を見せることよりも、もっと恐ろしいことなのかもしれない。

「できない自分」に戻るという経験

 余談だが、この1年間で、筆者は好きが高じて、これまでまったく経験のなかったスポーツジャンルの取材・執筆を行うようになった。

 ビジネスジャンルをメインで長い間仕事をしてきた筆者にとって、スポーツの囲み取材やミックスゾーンでの取材というのはわからないことだらけだ。

 取材のルールや作法もまったくわからないため、「一から教えてください」と編集部に頭を下げて、筆者の疑問や質問に答えてもらった。

 何年も編集やライターの仕事をしてきたはずなのに、初めての取材当日は胃が痛くなるほど緊張したし、「いくら好きなジャンルだからといって、仕事にしない方が良かったのでは」という思いも頭をよぎった。

 うまくできなかったことは思い出すと、穴に埋まってしまいたいほど恥ずかしかったが、後悔はしていない。

 好きなことを取材し、書けるのは非常に楽しく、本当に一歩踏み出して良かったと思っている。

 この経験をした時に、「定期的にこういった新しいチャレンジをし続けないといけないな」と思ったものだ。

 40代になって、まるで新入社員のような心持ちで取材ができたことは本当にいい経験だった。

 人生100年時代と言われる現代において、現役の時間はこれまでと比較にならないほど長くなっているはずだ。

 慣れた仕事をこなすことは安心だ。しかし、その安心の中にいる限り、成長は止まる。

 意識的に「できないこと」に向き合い続けること。それこそが、長いキャリアを支える唯一の方法なのかもしれない。