学校で学ぶ歴史は、偉人たちの輝かしい功績が中心です。しかし実際には、思わず耳を疑うような過激な発言や、人間味あふれる一面も数多く記録されています。本記事では、『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より、幕末の天才官僚、小栗忠順が無能な役人たちに放った、強烈すぎる「ある一言」を紹介します。2027年放映予定の大河ドラマ「逆賊の幕臣」の主役として注目が集まるいま、教科書では語られない小栗忠順の「意外すぎる素顔」に迫ります。

【2027年大河で話題】小栗忠順が無能な相手を最大限に罵倒した「天才すぎる一言」とは?イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)

無能な役人を「うんこ製造機」よばわりする

 優秀すぎる小栗忠順は、無能な幕府の役人たちにイライラしがちでした。

 あるとき、忠順は仕事をしない役人を「あいつらは製糞機だ」とよびました。これは「ごはんを食べて出すだけのうんこ製造機」という意味。

 外国にビクビクし、ただ指示を待つだけで自分から行動しない幕府の役人たちに、かれはとても怒っていたのです。

 でも、忠順の頭脳についてこられる人はなかなかいませんでした

 幕府最後の将軍・徳川慶喜が政権を天皇に返した大政奉還のあと、かれは「新政府軍と戦うべきだ!」と主戦論を唱えて作戦を立てますが理解されず、すべての役職をクビになってしまいます。

 のちにかれの作戦を聞いた新政府軍は「その作戦が実行されていたら負けてたかも……」と恐れおののいたそうです。

 クビになった忠順は家族とともに、おとなしく群馬で暮らすことにしました。

 しかし、新政府は優秀すぎる忠順がこわかったのでしょう。「徳川埋蔵金や武器を持ち出して反乱をたくらんでいる」というデマを流され、取り調べもないままつかまり、41才のときに斬首されてしまいます

 生まれるのが早すぎた忠順ですが、いまでは「日本の近代化を最初に実行した人物」と再評価が進んでいます。

(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)

小栗忠順(1827~1868)
江戸幕府の旗本出身の官僚で、1860年に万延元年遣米使節として渡米し西洋の制度を学び、帰国後は勘定奉行として財政・通貨・貿易改革を進めるとともに横須賀製鉄所の建設を主導するなど近代化を推進したが、戊辰戦争の混乱の中で失脚し1868年に処刑された。