「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく

「フレームワークを使えば戦略が立てられる」と信じているビジネスパーソンが、いつまでも「本物の戦略」を描けない根本原因Photo: Adobe Stock

フレームワークが「思考停止」を生む

――ビジネスパーソンの中には、MBAを取得したり、戦略の本を何冊も読んだりしているのに、いざ戦略を立てようとすると手が止まってしまうと悩む方も少なくありません。坂田さんはその原因をどこに見ていますか?

 この問題は、私が講師を担当している「構想力・イノベーション講座(運営:株式会社Aoba-BBT)」でも、繰り返し見てきました。

 SWOT分析、バリューチェーン、5フォース分析など、世の中にはたくさんのフレームワークが提示されていますが、的確に使いこなせるようになっても、「価値ある戦略」が描けるとは限りません。

 理由はシンプルです。

 フレームワークはあくまで「思考を整理する道具」であって、「戦略そのもの」にはならないからです。地図を描くための補助線のようなものなので、どこへ向かうのかという前提がなければ、その線は意味を持ちません。

 加えて、戦略を取り巻く前提そのものも、フレームワークが生まれた時代とは大きく変わっています。多くの経営学の教科書では、戦略とは「目標と現状の差を埋めるための指針」とされてきました。

 しかし現在は、その目標も現状も、簡単には定まらない変化の時代です。差を埋めることを前提とした静的な戦略は、機能しにくくなっています。

――フレームワークを使うことが、むしろ戦略の幅を狭めてしまうということでしょうか?

 そのとおりです。フレームワークを「当てはめること」自体が目的になってしまうケースを多く見かけます。

 たとえばバリューチェーンは、企画・製造・販売といったプロセスで価値がどのように積み上がるかを整理するフレームワークです。モノやサービスを一方向に提供するビジネスには非常に有効です。

 しかし現在は、ユーザ自身が価値の共創者となる「場づくり」型のビジネスが広がっています。

 たとえばSNSでは、誰かが一方的にコンテンツを提供するのではなく、ユーザが投稿し、誰かが反応し、広告主の関与も絡み合いながら、価値が複層的に生まれます。こうした構造を直線的なバリューチェーンで捉えようとすると、本質を見誤ってしまいます。

 フレームワークの「枠」に思考を合わせてしまうと、むしろ、そこに収まらない本来の現実が見えなくなってしまいます。

「試行錯誤を繰り返す」ことこそが
戦略をデザインする力の源泉

――では、本物の戦略を描くためには、何が必要なのでしょうか?

 変化を見極め、状況に応じて仮説を更新しながら、自らの道筋を動的に描き直す力が必要です。私はこれを「戦略デザイン力」と呼んでいます。

 戦略コンサルタントの中には、事業会社での経営経験がない人もいます。それでも質の高い戦略を描けるのには、理由があります。

 彼らに共通しているのは、基本的な知識や経験を土台に、実践の中で試行錯誤とフィードバックを積み重ねている点です。

 メジャーリーガーの菊池雄星選手が「少しずつうまくなるのではなく、コツをつかむと一気にうまくなる。努力は、ひらめくためにする」と語っています。戦略も同じです。試行錯誤を重ねる中で、ある瞬間に視界が開けるタイミングが訪れます。

――現代の戦略立案において、意識すべき考え方はありますか?

 これからの戦略とは、環境に応じて「視点」を変え、「価値」を再定義し、「仕組み」を進化させる動的な営みです。

 まず、出発点となるのは、「独自の視点」です。表面的な声をそのまま受け取るのではなく、「そもそも何が問題なのか」「なぜその不満が生まれているのか」と問い直し、前提の置き方そのものを変えることです。

 同じ事象でも、どこに焦点を当てるかによって見える構造は大きく変わります。その背景にある課題の構造を捉え直すことで、初めてユーザのニーズの本質が見えてきます。

 次に、その視点を持って「独自の価値」を描く。ターゲットを見据え、既存の延長線上ではなく、異なる領域の要素を組み合わせることで、まったく新しい価値を生み出すという発想は、現代の戦略づくりには不可欠です。

 そして、その価値を継続的に生み出す「仕組み」を構想します。どれほど優れた戦略を描いても、実行されなければ意味がありません。人材・組織・外部パートナーとの連携も含め、価値を持続的に生み出す構造をどう設計するかを問います。

 これが、フレームワークを覚えるだけでは決してたどり着けない、今の時代の戦略の核心です。

フレームワークは道具にすぎない。
戦略は「デザイン」するもの

――坂田さんの著書『戦略のデザイン』のタイトルにある「デザイン」という言葉が印象的です。フレームワークに頼りがちな読者へのメッセージにも受け取れますが、この言葉にどんな意味を込めましたか?

「デザイン」には、「形のないものを形にする」という意味があります。戦略も同じで、不確かな未来の中から選択肢を可視化し、チームが動くための地図を描く行為です。

   フレームワークは、地図を描く際の補助線にはなりますが、地図そのものではありません。

「戦略立案」と聞くと、難解なフレームワークを使いこなすイメージを持つ人が多いかもしれません。

 しかし本質は、「自分たちは何者か」「どこを目指すか」「どのルートで進むか」を、チーム全員が理解できる言葉で描くことにあります。これはデザイナーが白紙からプロダクトを生み出すプロセスにも通じています。

 本の中では、戦略を組み立てるための問いを10個提示しています。適切な順序で問いに向き合えば、特別なセンスや豊富な経験がなくとも、マネージャーレベルで実践的な戦略を描くことは十分に可能です。

――最後に、今日からできることを教えてください。

 まず、フレームワークは「答え」ではなく、考えるための「補助線」だと捉え直すことです。

 そして、自分なりの仮説を立て、実際に試し、振り返り、更新するという試行錯誤のサイクルを回し続けることです。一度でうまくいかなくてかまいません。その繰り返しの中でこそ、戦略をデザインする力は磨かれていきます。

 フレームワークを捨てる必要はありません。ただ、それに依存するのではなく、現場の現実と向き合いながら使いこなす姿勢を持つこと。そこから初めて、本物の戦略が立ち上がります。

――ありがとうございました。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。