忙しいのに満たされない。これは一体なぜなのか。
人生は、思っているよりもずっと短い。限られた時間を「自分第一」で生きるためにはどうしたらいいのだろうか?
その答えが、『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(クリス・ギレボー著、児島修訳)にある。本稿では同書から特別に一部を公開する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・佐藤里咲)

【錯覚】「忙しいのに何も残らない人」がハマっている、たった1つの罠Photo: Adobe Stock

忙しい人が陥りがちな錯覚

「忙しいのに、何も残っていない」
そんな感覚に覚えはないだろうか。

やるべきことは全部こなしている。
むしろ、人より動いているはずだ。
それなのに、なぜか前に進んでいる実感がない。

多くの人は、ここで「まだ足りない」と考える。
もっと頑張ろうとする。
だが、それは逆だ。

あなたがハマっているのは、
やった量=前に進んでいる」という錯覚だ。

タスクをこなすことと、人生が進むことは別物だ。
目の前の“処理”に時間を使うほど、
本当に進めるべきことは後回しになる。
この錯覚に気づかない限り、
どれだけ忙しくしても、何も残らない。

自分にも死が訪れることを意識し続けよう

では、この錯覚に人生を奪われないためにはどうすればいいのだろうか。
その対処方法としておすすめなのが、「自分にもいずれ死が訪れること」を意識し続けることだ。

 死を自覚することで最初に得られる利点は、「生きている時間は有限である」と自覚できる点だ。どんな問題を抱えていようと、どんな心配事で何度も頭を悩ませていようと、すべてはいつか終わる。どんなに困難に思えることも、永遠には続かないのだ。
 2つ目の利点は、自分が死ぬとわかったら、やりたくないことの言い訳としてそれを使えるようになることだ。あなたは人生という不治の病に罹かかっている。これを活用するのだ!
 プレッシャーを感じているとき、周りから行動を押しつけられているとき、あるいは明日は仕事に行きたくないときでさえ、自分はいずれ死ぬということを知っていれば、誰かに何かを求められても、あらかじめ用意された答えで返せるようになる。

――『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』より

「とにかく量をこなす」こと自体は、成長に必要な場面もある。
だが問題は、その量が「どこに向かっているか」だ。

方向が決まっていないまま量だけを積み重ねても、残るのは疲労だけだ。
だからこそ、「自分にもいずれ死が訪れる」と考える。

その前提に立つと、基準は一つに絞られる。
「これは、自分の時間を使う価値があるのか」

この問いに答えられないことは、どれだけ忙しくても切り捨てる。
やった量ではなく、何に時間を使ったか。

その選び方だけが、最後に残るものを決める。

(本稿は、『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』の発売を記念したオリジナル記事です)