たとえば、疲れて床に寝そべっている人や、海辺を静かに歩いている姿なども、形を変えるような強調を見せなくても、微妙なニュアンスが読者にはしっかり伝わるのは、「こういう動き方は、こういう感じだ」と脳が理解できるプロトタイプがあるからです。
つまり、漫画の絵は、たんにデフォルメされているのではなく、「プロトタイプをどう刺激するか」を考えて描かれているのです。
さて、冒頭でふれた「なぜ『ブラック・ジャック』はあれほど面白いのか?」という問いに、もう一度戻ってみましょう。いよいよ謎解きです。
自分は昔から、劇画のように細かく描かれたリアルな絵よりも、省略された漫画的な絵の方が好きでした。どうしてかというと、物語をたくさん語ってくれる絵が好きだったからです。
もちろん、緻密で美しい絵にも多くの魅力があります。
でも、そうした作品は、情報量が多すぎて、物語の展開がどうしても遅く感じられることが多かったのです。
その点、省略された線で描かれた漫画では、絵が物語の邪魔をせず、次々と話が進んでいきます。
絵に含まれる情報の量と
物語の密度の絶妙なバランス
中でも『ブラック・ジャック』は、わずか22ページの間に多くのドラマが詰まっていて、1話終わるとまたもう1話という気持ちにさせられました。
『ブラック・ジャック』が特別だったのは、絵に含まれる情報の量と、物語の密度が絶妙なバランスだったからです。
手塚治虫の絵は、写実的ではありません。ですが、読者の脳にある「医者っぽさ」や「恐怖」、「怒り」や「哀しみ」といった感情のイメージ――いわばプロトタイプ――にぴたりと沿っているのです。
だからこそ、22ページという限られた空間に、深く印象に残るドラマを詰め込むことができました。しかも、その読み心地はスムーズで、強く心に残るものでした。
ここで重要になるのが「絵の情報の多さが、必ずしも良いわけではない」という視点です。自分が劇画にあまりのめり込まなかったのは、緻密で情報量の多い絵で物語がゆっくり進むことがあまり好みではなかったのだなと思い返すわけです。







