このような状態を説明するのに役立つのが、認知心理学者ジョン・スウェラーが提唱した「認知負荷理論」という考え方です。

 これは、人の脳が一度に処理できる情報には限界がある、という事実をもとに、学びやすさの条件を説明する理論です。

 スウェラーは、人が今まさに使っている短期的な記憶=「ワーキングメモリ」に注目しました。

 これは「長期記憶」つまり知識が詰まった本棚に対して、「いま机の上で広げられる本」のようなものです。机が狭ければ、たくさんの本を広げられず、作業効率が落ちてしまいます。それと同じように、頭の中も一度に多くの情報が入ると混乱してしまうのです。

「気がついたら没頭していた」
最高の読書体験が生まれる構造

 この認知負荷には3つの種類があります。1つ目は、内容そのものが難しくて負荷がかかる「内在的負荷」。2つ目は、説明の仕方が複雑で理解しにくい「外在的負荷」。そして3つ目が、理解や記憶を深めるためにかけるべき「学習的負荷」です。

 スウェラーは、前の2つの負荷はできるだけ減らして、3つ目の「心地よい負荷」だけを適切に与えるのが理想だと述べています。

 これは、勉強だけでなく、読書にも同じことが言えます。たとえば、「この小説、すごくスラスラ読める」「気がついたら没頭していた」というときは、認知的な負荷がちょうどよくかかっている状態です。

 逆に「読みにくい」「頭に入ってこない」というときは、情報が多すぎるか、表現が難しすぎて、ワーキングメモリが圧迫されてしまっているのです。

 情報が過剰だと整理が追いつかなくなり、言い回しが複雑だと何度も読み返すことになって疲れてしまいます。逆に、あまりにも単純すぎると退屈になり、内容に飽きてしまう。

 大事なのは、「ちょっと難しいけれど理解できる」「先が気になって自然とページをめくってしまう」ような“ちょうどいい負荷”があること。そこに、最も気持ちよい読書体験が生まれるわけです。

 そして『ブラック・ジャック』を読んだときの感覚は、まさにその「心地よい負荷」に支えられた体験だったのだと思うわけです。絵と物語の情報量のバランスが絶妙で、それが今でも記憶に残る強い印象を生み出してくれたのだと思います。