本当の消耗源は「心理的安全性の低さ」ではないのかもしれない
なぜなら、チームの「心理的リソース」を奪うのは、関係性の摩擦だけではないからです。
実際、仕事の構造そのものや、メンバーそれぞれの個別要因が消耗源になっていることも多くあります。役割の曖昧さ、意思決定の遅さ、評価への不透明感、個人が抱えるスキルや感情の課題――こうした問題が存在しているチームでは、関係性がどれだけ良好でも、メンバーは「心理的リソース」を消耗し続けます。
ところが「心理的安全性」への取組みに注力しているチームでは、こうした別の消耗が見えにくくなります。そして、「心理的安全性を高めることに心理的リソースを消費しすぎて、本当の課題が見えづらくなってしまう」ということが起こるのです。
「関係性によって消耗させてはいけない」という意識や、「雰囲気はいい」「発言も出ている」という手応えが、構造的な問題や個人の課題への感度を鈍らせるのです。リーダーは安全な場をつくることに意識を向けるあまり、「何がメンバーの心理的リソースを本当に奪っているか」という問いを立てなくなっていきます。その結果、関係性以外の要因による「心理的リソースの消耗」に気づけなくなってしまうのです。
「安全なのに疲れている」チームへの問い
だから、リーダーはまずはじめに、「心理的リソース」の消耗にはいくつかの種類があることをしっかりと認識しておく必要があります。
関係性から来る消耗もあれば、仕事の構造から来る消耗もあれば、それとも個人の内側から来る消耗もある。そして、「心理的安全性」は、最初の消耗には効きます。しかし二番目・三番目には、別のアプローチが必要なのです。
ところが、「心理的安全性」のことしか見ていないリーダーには、それが見えません。そして、二番目・三番目の問題は放置されることとなり、チームの状況は悪化を続けるのです。その結果、「心理的安全性」を高めるためにリーダー自身の「心理的リソース」をすり減らしているのに、チーム状況が悪化していくことに耐えられなくなり、リーダーが燃え尽きてしまったりするのです。
「心理的安全性」への取組みが上手くいかないときに必要なのは、「心理的安全性なんて意味がない」と考えることではなく、「チームの関係性以外に、何が心理的リソースを奪っているのか」「何があれば、その消耗を止められるのか」と、視野を広げることです。その見立てが正確になって初めて、打ち手が機能し始めると言えまるのです。
(心理的リソースについては、『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』に詳しく書いてあります)
櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。
【著者からのメッセージ】
はじめまして、櫻本真理です。
最近、さまざまな企業の現場リーダーから、「チームをマネジメントしていくの、ちょっと疲れてきちゃったな……」といった声を聞くことが増えてきました。
人員、予算などのリソースが限られているため、チームの目標を達成するのが難しい状況のなか、なんとかメンバーのモチベーションを高めてもらおうと、あの手この手の働きかけをしています。しかし、そうすることでかえってメンバーとの関係がギクシャクしているような気がするとおっしゃるのです。
しかも、メンバー同士が雑談で盛り上がるようなこともあまりなく、職場にはなんとなく白けたような空気が漂います。お互いに積極的に協力し合ったり、情報を交換し合ったりといった機運もあまり見られない。まさに、チーム全体がどんよりと疲れているように感じられるというのです。
そんなとき、リーダーが目を向けるべきものが、本書のテーマである「心理的リソース」です。
心理的リソースとは聞き慣れない言葉かもしれませんが、私たちはいつも、この心理的リソースを費やしながら仕事をしています。
職場での日常を思い返してください。資料作成、経費精算、会議・プレゼンの準備、データ入力、メール対応、上司・部下との1on1、クライアントとの折衝、他部署との調整、企画立案、突発的なトラブル対応……。
私たちは日々、こうしたタスクに追われていますが、その一つひとつをこなすたびに、心がすり減っているのを感じているはずです。そのときにすり減らしているのが、「心のエネルギー」とでもいうべき活力の源です。
このエネルギーを、マネジメントの視点で見ると、チームとして成果を上げるための貴重な「経営資源」ということになります。そこで、このエネルギーのことを、「心理的リソース」と名付けたというわけです。
そして、チームが停滞気味で、なんとなく疲弊していると感じるならば、メンバーたちがなんらかの理由によって心理的リソースを浪費し、それが枯渇しかかっている可能性を疑ってみるべきなのです。
たとえば、依頼した書類作成に時間がかかりすぎているメンバーがいたとします。このメンバーは、何もしていないように見えたとしても「この判断で合っているだろうか?」「この表現は間違ってるかな?」などと頭のなかで思考がループすることで心理的リソースを消費しているのかもしれません。
もしそうだとすれば、そのメンバーに対して、「まだですか? 早くまとめてください」などと伝えても、メンバーは焦りの感情を覚えることによって、さらに心理的リソースを消耗してしまう結果を招くだけでしょう。
それよりも、書類作成の業務を依頼するときのミーティングに少しの時間を費やし、そのメンバーの疑問点を解消してから取り掛かってもらうようにすれば、心理的リソースの浪費を防ぎ、その節約した心理的リソースを、書類を見やすくする工夫や、内容の整理に使ってもらえたはずです。
あるいは、リーダー自身の無意識的な言動が、メンバーの心理的リソースを奪ってしまっている可能性もあります。
たとえば、リーダーが、仕事のストレスから知らず知らずのうちに不機嫌な表情になっていたとします。本人からすれば、自分の表情が誰かに影響を与えているとは考えてもいないかもしれません。しかし、不機嫌そうなリーダーに話しかけるのは、誰にとっても嫌なものです。
先ほどのメンバーも、書類作成の途中で何度もリーダーに疑問点を確認しようとしたけれど、不機嫌そうなリーダーの様子を見て、相談するのを躊躇していたのかもしれません。
つまり、本来であれば、「価値を生み出す仕事」に使われていたはずの心理的リソースが、不機嫌なリーダーのご機嫌をうかがうという「価値を生み出さない」ことのために使われていたということです。これでは、チームの成果が上がるはずがありません。
これらはほんの一例ですが、チーム内の心理的リソースの状況を把握したうえで、それの浪費を防ぎ、それを上手に活用する能力を身につけることが、これからのリーダーには求められます。
本書では、そのために必須の知識やノウハウをふんだんに盛り込みました。本書を読むことで、心理的リソースという新しいレンズを手に入れ、チームやメンバーを見つめていただきたいと願っています。
その視点でチームを見つめると、これまでチームの「貴重な資源」を何に使っていたのかがはっきり見えてきます。すると、なぜこれまでうまくいかなかったのかも理解できるようになるでしょう。そして、適切な手立てを講じることで、メンバーの心理的リソースを増やしていくことができれば、見違えるように活気に溢れ、成果を生み出すチームを作り出すことができるようになるのです。