「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく。
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「管理職になってから変わった」は
本人のせいではない
――「あの人、管理職になってから変わったよね」という声は、多くの職場で聞かれます。この現象をどう見ていますか?
結論から言えば、多くの場合これは本人の問題ではなく、組織の構造の問題です。
管理職になると、本来は役割が大きく変わります。オペレーションの現場で成果を出す立場から、組織として何を目指すかを考える立場へと移るからです。
しかし現実には、現場で優秀だった人ほど、これまでと同じようにオペレーションの改善に力を使い続けてしまいます。その結果、管理職としての役割が果たせなくなり、かつてのような輝きを失ってしまうのです。
――なぜ立場が変わったのに、役割の切り替えができないのでしょうか。
背景には、組織としての明確なゴールが設定されていないという問題があります。
かつてのように「アメリカに追いつく」といった分かりやすい目標があった時代とは異なり、現在は自分たちでゴールを設定しなければなりません。そして、それを担うのが本来は管理職です。
しかし、組織としてのゴールの設計が曖昧な場合、管理職はとりあえず目の前の課題を解決し、「達成した気になる」状態に陥ります。結果として、現在の延長線上の改善活動に閉じてしまうのです。
実際、多くの組織では、管理職に対して個別課題の改善を求めすぎています。それはオペレーション改善であって、本来担うべき戦略領域ではありません。
目の前の課題に追われることで、「この会社の価値は何か」「この事業の本質は何か」といった問いに向き合う時間が失われ、思考がオペレーションに固定されてしまうのです。
優秀な人が「凡庸」に変わっていく瞬間
――優秀な人の思考がオペレーションに閉じてしまうのは、どのようなタイミングなのでしょうか?
問題は、「何をやるか」を考えなくなる瞬間にあります。
本来、管理職は「何をやるべきか」、そして「どこに資源を集中すべきか」を考える立場です。
しかし現実には、「昨年対比5%増をどう達成するか」といった“やり方”ばかりを考えるようになります。つまり、「What」ではなく「How」に思考が閉じてしまうのです。この瞬間に、思考はオペレーションに落ちます。
本来の事業計画は、自社・競合・顧客の状況を俯瞰してゼロから再構築するものです。
しかし、その視点を失うと、今の延長線上でしか考えられなくなる。これが、「優秀だった人が凡庸に見えてしまう」正体です。
「変わらず輝ける人」はどこが違うのか
――一方で、管理職になっても輝き続ける人もいます。何が違うのでしょうか?
違いはシンプルで、「どの視点で考えているか」です。彼らは自部門の立場ではなく、一段上の視点から、会社全体として何を目指すのか、顧客にとって何が価値なのかを考えています。
さらに重要なのは、その視点をもとに組織同士をつなげることができる点にあります。
日本の組織は小集団の集合体です。その中で、部門の壁を越えて全体最適を考えられる人は限られています。
輝き続ける管理職は、自分の部署の利益ではなく、会社全体・顧客全体の視点で動きながら、小集団同士をつなぎ、価値を生み出しています。
これが、管理職になっても変わらない人と、凡庸になってしまう人の決定的な差です。
組織の「病」を治すために必要なこと
――こうした状況に対して、組織として具体的に何ができるのでしょうか?
鍵になるのは、「ゴールの設計」です。
部門単位の論理ではなく、一段高い視点で会社全体として取り組むべき目標を設定する必要があります。分断を許容していては、いつまでも目の前の改善、短期の数値に閉じた組織からの脱却はできません。その結果、管理職もオペレーションから抜け出せなくなるのです。
そのためには、部門を越えて「この顧客にどう価値を提供するか」「この課題にどう向き合うか」といったテーマで議論する場を、意図的に設けることが必要です。こうした場があることで、管理職は自然と一段上の視点を持てるようになります。
組織の質は、個人の能力だけでなく、どのような場を設計するかによって決まります。ここが、優秀な人材を活かすか、埋もれさせるかの分岐点です。
――最後に、「自分も管理職になってから変わってしまったかもしれない」と感じているビジネスパーソンへメッセージをお願いします。
すぐにできることは、「目的から考える習慣」を持つことです。
何か仕事を依頼されたとき、「これは何のためにやっているのか」を必ず問い直す。この習慣だけで、思考の方向性は大きく変わります。組織の構造そのものを変えるのは簡単ではありませんが、自分の視点は今日からでも変えられます。
本書『戦略のデザイン』では、この「目的から考える」ことを出発点に、戦略を組み立てるための10の問いを体系化しています。センスや特別な経験に頼らず、思考のプロセスとして戦略を描く。その第一歩として、ぜひ活用していただければと思います。
――ありがとうございました。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




