2015年の発売以降、今でも多くの人に読まれ続けている『ありがとうの神様』。本書は、小林正観さんの40年間に及ぶ研究のなかで、いちばん伝えたかったことをまとめた「ベスト・メッセージ集」だ。あらゆる悩みを解決する「ありがとう」の秘訣が1冊にまとめられていて、読者からの大きな反響を呼んでいる。この連載では、本書のエッセンスの一部をお伝えしていく。

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ヒトは、人の間で生きて「人間」になる

 どうすれば「人から喜ばれる存在」になれると思いますか?

「頼まれごと」を引き受ければいい。

 自分で汗をかいて、「相手の要望」に応える。

 そして、相手から「あの人は、頼んだことを気持ちよくやってくれるから、また頼もう」「あの人に頼んでよかった、ありがとう」と思ってもらえたとしたら、それはまぎれもなく「喜ばれている」ということです。

 私たちの人生は、自分で立てた「努力目標」や「達成目標」をクリアするためにあるのではありません。

「人から何かを頼まれて、それをこなしていく」ことが、人生のすべてであるようです。

「人」という字は、人と人がもたれ合っている形からつくられたもので、「お互いが支え合っている」という意味を持ちます(字の成り立ちには諸説ありますが、私はこの説を支持しています)。

 ヒトはひとりで生きているときは、生物学的な「ヒト」。「人」の「間」に生きるようになって、はじめて「人間」といいます。

 ですから「人」から頼まれごとがない人は「人間」としての生き方の醍醐味を知らないことになります。

よき仲間を得ることは、聖なる道のすべてである

 お釈迦さまが最後の旅に出たとき、同行していたのは、弟子のアーナンダ(お釈迦さまの十大弟子のひとり。お釈迦さまの従兄弟)です。

 お釈迦さまはアーナンダをかわいがり、よく「説法の旅」に連れていきました。

 そんな旅の途中で、アーナンダはこんな質問をします。

「お釈迦さま、歩きながらふと思ったのですが、よき仲間を得ることは聖なる道の半ばまで来たと思って、いいのではないでしょうか?」

「聖なる道」とは、心に曇りや苦しみがなく、明るく穏やかに生きていけることです。

 アーナンダの問いかけに、お釈迦さまは答えました。

「アーナンダよ、よき仲間を得ることは、聖なる道の半ばではない。聖なる道のすべてである。よき仲間を得ることとは、闇の中で迷ったときに、手を引いてくれる友人がいる。闇を照らしてくれる灯火になる。それをよき仲間という」

「よき仲間を得ることによって、人は老いる身でありながら老いを恐れずにすみ、病むこともある身でありながら病むことを恐れずにすむ。必ず死すべき身でありながら、死の恐れから逃れることができる。よき仲間を持つことは、幸せに生きることの絶対条件なのだ」

「頼まれごと」をして「よき仲間」を手に入れることは、「聖なる道(人生の正しい生き方)のすべて」を手に入れることである。

 2500年前に、そのことに気づいていた人がいたのです。