「ニセコの中心地ではなくて、何もない、雪が積もっているだけの歩道を、傘を差した1人の男性が歩く後ろ姿を撮ったものでした。なんでこんな写真を、と思うのですが、そこがプロのセンスなんでしょうね」(大久保氏)
ティム・クックCEOは、〈taken by lukeshadbolt in Niseko, Japan,〉とツイートし、それがAppleのカメラマン、Luke Shadbolt(ルーク・シャドボルト)が日本のニセコで撮ったとシンプルに記した。
ニセコは、世界でもっとも影響力のある人物によって、広告費ゼロで宣伝されることになったのだ。
別荘は値段が高ければ
高いほど売れた
影響は絶大だった。世界中のカメラマン、インフルエンサー、デザイナーや建築家がニセコに注目し、訪れるようになった。世界的な企業が動くことにより、長年住み続けてきた小さな田舎町が激変する姿を、大久保氏は目撃することになった。
そこからあとは、ありとあらゆる価格の値上げに次ぐ値上げ合戦が始まっていく。世界の注目が集まることとなったニセコには、パークハイアットもアマンリゾートもリッツ・カールトンもやってきた。
パークハイアットが戸建てのヴィラ(別荘)を1棟24億円で売るといえば、今度はアマンが、1棟25億円で売ると発表する。
「そのエリアでいかに一番高い値付けをするか。いかにナンバーワンであるか、そこに負けられない競争があるのだと目の当たりにしました」(大久保氏)
2023年には、ルイ・ヴィトン(LV)が「ニセコHANAZONOリゾート」で、日本のスキーリゾートでは初めてとなるポップアップストアをオープンさせる。スキーシーズンを通して開設され、ニセコ限定のスキー用具、ウェア、バッグが販売された。銀座店の売り上げを上回る日もあったという。スキー場の最新鋭ゴンドラは、LVモノグラム模様にデザインされた。
市場は外国人に独占され
税金すら落としてくれない
こうしてニセコが世界のスキーリゾートに並ぶ地位を獲得していく一方で、大久保氏は、ニセコエリアの不動産バブルから距離を置くようになっていた。
2015年、彼は北海道トレイル(仮名)(編集部注/冒頭のジョンと、オーストラリア人のビジネスパートナーとともに共同出資で立ち上げた不動産会社)を辞めている。
これまで350室を売った。事業の立ち上げから十数年、高揚感が落ち着き、一歩引いた目でニセコエリア、とりわけ倶知安を見つめるようになっていた。そして気がついたのは、何もかもが外国人で完結している現実だった。
外国人が土地を買って建てたホテルに、外国人が宿泊し、スキー板のレンタルショップの店員も飲食店スタッフもすべて外国人。決済は本国のシステムを使って行う。日本人が関与する余地がない。
「俺たちは、フリーライド(free ride)してるんだぜ」と、あからさまに言われたこともあった。
『強欲不動産 令和バブルの熱源に迫る』(吉松こころ、文藝春秋)
フリーライドは直訳すると、「ただ乗り、便乗」という意味だが、英語で使うときは、「ただで恩恵を受けてラッキー」、あるいは「棚ぼた」「楽勝」という意味も含まれるという。
つまり、ニセコエリアに降り積もるパウダースノー、整備された道路やインフラや医療体制、日本特有の治安の良さに物価安、そうした環境に「フリーライド」して商売をしている、という趣旨の発言だったのだ。20年以上、彼が見つめてきたのは、こんな光景だった。
外国人がやってくる。土地を買う。家を買う。会社を作る。本社の登記を見れば香港やシンガポールばかり。社員は海外にある本社で採用する。ニセコで働く社員は本社からの出向とする。雇用するのも外国人。住民税も法人税も日本には落ちない。
「落ちていたのは、大袈裟にいえば食材代と電気・ガス・水道代だけだったんじゃないか」







