人は、最期のときに何を思うのだろうか。突然の別れのなかで交わされた言葉や、あとから見つかった一文が、その人の人生をあらためて考えさせることがある。『人生は「気分」が10割』の著者、キム・ダスル氏の新刊『人生は期待ゼロがうまくいく』の発売を記念した本稿では、ライターの柴田賢三氏に「虚しさ」との向き合い方についてのエッセイをご寄稿いただいた。(企画:ダイヤモンド社書籍編集局)

「人生に悔いがないと話す人」が最期に放った一言とは?Photo: Adobe Stock

最期の日、
家族への感謝を述べた父

 私の父は83歳でこの世を去った。

 60代で大腸ガンを切除し、高血圧や不整脈程度の持病はあったが、間質性肺炎になってわずか1週間ほどで旅立つまでは、ごく普通の生活を送っていた。

 最後の入院も「不整脈の様子見」で、家族の誰もがすぐに退院して自宅に戻るものだと思って疑わなかった。

 しかし、病室で間質性肺炎を発症すると酸素マスクが外せなくなり、兄から知らせを受けた私も妻と娘を連れて急いで帰郷。集中治療室に入ると、まだ父親はベッドを少し起こして話せる状態だった。

 母と、兄と私の家族が揃うと、父は一人ひとりの目を見ながら、それぞれに感謝の言葉を伝えた。母には「酒ばかり飲んで苦労をかけた。本当にすまなかった。でも、本当に感謝しとるよ」、兄には「ゴルフも酒も楽しめ。孫たちをいい子に育ててくれてありがとう」

 私のほうを向いたので、こちらから話をさえぎった。

「なんか、最期みたいなこと言うなよ。縁起でもない。そんな話、俺は聞かんよ」

 すると父は真顔でこう言った。

「わしゃ、もうダメだ。自分が一番よくわかる。お前にも礼を言おうと思うたが、やめた。お前には、とことん迷惑かけられた」

 場が少しなごんだ。

「わしゃ、人生に何ひとつ悔いがない。仕事もやり切ったし、ええ家族にも恵まれた。本当に、ええ人生やった。みんな、ありがとう」

 翌朝、父は静かに息を引き取った。

 通夜と葬儀を終え、相続のための書類を探していると、父の書斎の机から1枚のメモが出てきた。そこには、たった1文、こう綴られていた。

《死なないから、生きているだけ》

 昭和の時代を生き抜いた人だ。早朝から深夜まで休みもなく働き、趣味もなく、酒だけは浴びるほど飲んだ。

 父は「人生に悔いがない」と言って旅立ったが、晩年は「虚しさ」を感じていたのか……。

「虚しさ」を感じる理由

 “人生の指標”となる言葉の数々を収録している本、『人生は期待ゼロがうまくいく』の中には「『虚しさ』も受け入れる」という項目がある。

 著者のキム・ダスル氏は、こう書いている。

 強い虚しさを感じるのは、それだけ本気で生きていた証だ。いい加減に生きていたら、こうした強い虚しささえ感じられない。
――『人生は期待ゼロがうまくいく』(p.91)

 これで、父の最期の言葉とメモに残した一文の意味が、本当に理解できた気がする。

(本記事は『人生は期待ゼロがうまくいく』の発売を記念した書下ろしエッセイです)

柴田賢三(しばた・けんぞう)
大学卒業後、複数の出版社や不動産会社での社員を経てフリーライターとして独立。週刊誌、月刊誌、WEBメディアなどで記者、編集者を経験した。事件、芸能、スポーツ、サブカルチャーまで幅広く取材に携わり、のちに新聞やテレビでも大きな話題になったスクープをモノにしたこともある。